ボクシング代表・岡沢セオン10か国武者修行!「これだけ世界中を見てきた人はいない」…パリ五輪あと2か月
パリ五輪開幕まで26日であと2か月。ボクシング男子71キロ級代表の岡沢セオン(28)=INSPA=はこの1年、個人合宿などで計10か国を回り、大きな成長を遂げた。メダル獲得を期待されながらウエルター級(69キロ級)で2回戦敗退に終わった21年東京五輪の雪辱を期す舞台に向け、アマチュアでは前例のない世界各地での武者修行を敢行。“日本初のプロのアマチュアボクサー”として活動する強みと世界での経験値を生かし、パリで日本勢4人目となる金メダル獲得を誓った。 戦闘準備は整った。ウズベキスタンでの最後の海外合宿を終え、19日に帰国した岡沢の表情は自信に満ちていた。「プロでもこれだけ世界中のボクシングを、ローカルなところまで飛び込んで見てきた人はいないんじゃないか。今、調子はすごくいい。いろんなところで協力してくれた人たちにも、『おかげさまでパリで金メダルを取れました』と言えるように頑張りたい」と力を込めた。 67キロ級で出場した21年世界選手権で日本勢初優勝を飾った。だが、パリ五輪は階級区分が変更。71キロ級に上げたが、適応に苦しみ結果が出ない。活路を求めたのが海外での武者修行だった。昨年7月。カザフスタンでの国際大会を終えると、「とにかく実戦感覚をつかんで、71キロ級のパワーに慣れないといけない」と個人で強豪国のウズベキスタンに渡った。 1000人のボクサーが集まるという“ボクシング村”ヤンギャバードで、世界王者に輝いた自身の知名度は抜群だった。子供たちが「オカザワ!」と群がり、歩けないほど。「大好きなアマチュアボクシングがこんなに市民権を得ている場所があるんだ」と感動し、同時に「これだけの中からふるいにかけられた選手が、対戦相手として向かい合っている」と厳しい現実を知った。 山道を毎日のように10キロ走り、その場に落ちている大きな石を使って体を鍛えていた時、世界選手権3位のブラジルの選手がイタリアで練習を行うとの情報をつかんだ。「その選手とやるためだけに」と、その場で航空券を予約。8月にイタリアでの国際合宿に参加した。成果は実り、10月の杭州アジア大会で優勝。パリ五輪の切符をつかんだ。 方向性は間違っていなかった。12月にUAEでプロ形式の試合に出場した帰路、トルコに立ち寄った。「自分の練習場だと思っていつでも来てくれ」と温かく迎えてくれた場所では朝、数キロ先の店へサバのサンドイッチを食べに走って往復するのが日課だった。今年に入ると2月にモンテネグロ、3月には高校時代にキューバ選手の動画を見て競技を始めるきっかけとなった念願のキューバを訪問。16年リオと21年東京でともに五輪2階級制覇のラクルス(ライトヘビー級、ヘビー級)、ロペス(ミドル級、ライトヘビー級)とのマスボクシング(パンチを当てないスパーリング)で技術の差と奥深さを学んだ。 その後、メキシコ市で日本人が運営し、スラム街に隣接するジムで汗を流した。ボクシングでの成功を夢見てボロボロの靴で練習に励む子供たちの姿に「僕らはそういう子たちが今の生活を抜け出すための1枠を奪っているんだ。生半可な覚悟でやっちゃいけない」と腹をくくった。5月に北マケドニアの大会で優勝。ウズベキスタンを再訪し、総仕上げを行った。 21年に中大卒業後、プロと競技性の異なるアマチュアボクシングの地位向上を願い、日本アマ初の「プロ宣言」をし、スポンサー収入で活動する新たなスタイルを築いた。10か国を回れたのも、自ら営業に走り、獲得した14社のスポンサーの協力があってこそ。「アマチュアボクサーが日の目を浴びる世の中にしたい。そのためにも僕は金メダルを取らないといけない」。世界を知った男が、パリのリングから競技の未来を切り開く。(林 直史) ◆ボクシングのアマチュアとプロの違い ラウンド(R)数はアマが3分3Rで、プロは最大で3分12R。判定はともに1R10点満点の減点方式でアマが有効打の数や当てる技術、プロはダメージの深さやディフェンス技術に重点を置く。アマでは試合続行が難しい場合に主審の裁量で試合を止めるレフェリーストップコンテスト(RSC)がある。 ◆岡沢のパリ五輪の競技日程と主なライバル ボクシングは7月27日から8月10日まで実施。男子71キロ級は7月28日に1回戦、31日に2回戦、8月3日に準々決勝、6日に準決勝、9日に決勝が行われる。23年世界選手権覇者のシュムベルゲノフ(カザフスタン)、同2位のアサドクジャ(ウズベキスタン)らが金メダルを争うライバル。 ◆岡沢 セオン(おかざわ せおん) ▽生まれとサイズ 1995年12月21日、山形市。28歳。ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれ、本名は岡沢セオンレッツ・クインシー・メンサ。身長179センチ。 ▽競技歴 小中はレスリング。日大山形高1年時にボクシングを始め、中大などを経てINSPA所属。67キロ級で21年世界選手権優勝。23年杭州アジア大会は71キロ級で日本勢29年ぶりの優勝。 ▽趣味 カレー作り。将来は開業も考えるほどの腕前で、得意とするのはバターチキンカレー。 ▽プロ活動 スポーツクラブの運営などを手がける所属企業を始め、スポーツ用品メーカー、ホテル、酒造メーカー、うなぎ店、建設業など14社のスポンサー収入で競技活動に取り組んでいる。
報知新聞社