成果主義の時代…「長期的雇用・年功賃金」バブル崩壊後に顕在化した人材コストへの企業の取り組み
バブル崩壊後に表面化した「深刻なコストの問題」とは?
分権化と個別化の極北の国・日本の労働は、諸外国では達成困難な企業内での自主的な労働条件決定(=分権化)、企業内での処遇の個別化を通じての個々人の努力水準の上乗せ競争の浸透(=個別化)を達成していたが、こうした労働への協力を引き出すためには、分権化と個別化の背後に長期的雇用慣行、年功賃金、企業間の長期的取引慣行等からなる企業を中心とする準共同体的関係の維持のコストがついてまわっていた。 経済成長が常態であった80年代までは深刻なコストとして認識されてこなかったが、バブル経済の崩壊後、成長が止まる90年代になるとこのコストは深刻な問題として表面化した。 心からの協力を損なわずに共同体の維持コストをどこまで低減できるのか、その新たな均衡の模索が日本の改革であった※2。この共同体関係の維持のコストとベネフィットの秤量は、コストが短期的に計測しやすく、ベネフィットが長期的でかつ計測できないという特性から計算として成り立たず、コスト圧縮の努力の方面に秤は傾くことになった。このコストの最たるものは賃金であった。 ※2 Inagami & Whittaker(2005)が参照されるべきである。 この賃金コストの問題を企業はどのように解こうとしたのか。課題は、端的にいって、「能力主義管理」の達成が、比重を低めたとはいえなお内包していた年功的な賃金という制度要因を、いかに協力的な労使関係を損なわずに抑制できるかであった。 このための方策は、(ア)付帯的部門を別会社にして、既存社員の出向・転籍、別会社の新規労働力には別会社の企業サイズに相応しい賃金水準の提示、もしくは非正規社員の採用、(イ)維持された本社においては、すでに市場賃率が成立している非正規社員の可能な限りの活用、(ウ)本社正社員の賃金改革、の三つであった。 賃金コストの抑制・低減には(ウ)ではなく(ア)と(イ)が大きな比重を占めた。(ウ)の正社員の賃金改革が成果主義的賃金改革であるが、この改革は、(ア)の本社の縮小と子会社の族生、(イ)の非正規社員の増大という社会的な所得配分の問題を排出しつつなされたことに留意しておかなくてはならない。また、これらの改革を通じて労使関係の協力関係が崩れた気配がないことにも留意が必要である。 この小節は石田光男・樋口純平、2009年『人事制度の日米比較―成果主義とアメリカの現実』(ミネルヴァ書房)をベースにしている。 石田 光男 同志社大学名誉教授 国際産業関係研究所所長
石田 光男