【米政権交代】 ホワイトハウス人事から見える「トランプ政権2.0」
アンソニー・ザーカー北米特派員 アメリカのドナルド・トランプ前大統領がホワイトハウス復帰を決めてから1週間ほどたち、新政権の輪郭が見えてきた。 トランプ次期大統領はこれまでに12人ほどの人事を発表した。ホワイトハウスのスタッフや政府要職の人選の第一弾だ。また、メディアやソーシャルメディアでコメントも発表。来年1月に就任したとき、何を優先するかを明示している。特に移民と外交に力点を置いている。 1期目の当初は、時に混乱が続いたが、2期目に向けては、より明確に定義した計画と、それを実行する準備があるスタッフで、政権の土台を築こうとしている。 これまでに何が見えてきたのか、説明する。 ■強硬な移民対策チーム トランプ氏の新しい人事からは、アメリカに住む数百万人の不法移民を強制送還するという選挙公約が誇張ではないことがうかがえる。 ホワイトハウスの政策担当の次席補佐官には、2015年からトランプ氏の側近とスピーチライターを務めてきたスティーヴン・ミラー氏が選ばれた。同氏が大規模な強制送還の計画を策定し、不法と合法の両方の移民を減らす可能性は高い。1期目のトランプ政権では、ミラー氏は厳しい移民政策の策定に関わった。 トランプ政権に「移民問題の第一人者」として戻ってくるのが、1期目政権で移民税関捜査局の局長代理を務めたトーマス・ホーマン氏だ。当時、アメリカとメキシコの国境で拘束された不法移民の家族を離ればなれにする大統領の政策を支持した。2期目はさらに幅広い権限をもつとみられる。 ホーマン氏は7月の保守派会合で、「この国でかつてなかったほど大規模な強制送還の部隊を動かす」と発言した。 これを批判する人たちは、トランプ氏の大規模強制送還計画には3000億ドル以上の費用がかかると警告している。しかし、次期大統領は先週の米NBCニュースのインタビューで、コストは問題ではないと語った。 「大勢が殺人を犯し、麻薬王らが国を破壊している。その連中は今後、そういう国に戻る。ここにはいさせないので」、「いくらかかるかは関係ない」と、トランプ氏は強調した。 ■対中国タカ派が羽ばたく 多くの保守派が中国を、アメリカの経済および軍事での世界的な優位性を脅かす唯一最大の存在とみている。トランプ氏はこれまで、中国批判のほどんどを貿易の分野に限定するなど、慎重な姿勢を見せてきた。だが、次の外交政策チームには、声高に中国を批判する人たちを集めている。 ホワイトハウスの外交政策の要となる国家安全保障担当の大統領補佐官には、元陸軍大佐のマイク・ウォルツ下院議員(フロリダ州)が指名された。アメリカは中国と「冷戦」状態にあると唱え、2022年北京冬季オリンピックをアメリカがボイコットするよう求めた最初の議員の一人だ。 国連大使に指名されたのは、エリス・ステファニク下院議員(ニューヨーク州)だ。彼女は10月、中国の支援を受けたハッカーがトランプ前大統領の携帯電話から情報を集めようとしたと報じられるなか、中国を「露骨で悪質な選挙干渉」をしていると非難した。 トランプ氏はまだ国務長官を正式には指名していない。しかし、やはり対中国タカ派のマーコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)が外交トップの最有力候補とみられる。ルビオ氏は2020年、香港民主化デモの参加者を弾圧した中国を罰する措置を推進したことで、中国政府による制裁の対象となった(※編集部注=トランプ氏は13日、国務長官にルビオ氏を指名した)。 トランプ政権1期目の米中関係は、貿易摩擦や新型コロナウイルスの大流行を背景に、しばしば大きく揺れた。ジョー・バイデン大統領は、トランプ前大統領による中国への関税の多くを維持し、新たな関税もいくつか課した。そのため、波をいくらか落ち着かせた程度だった。トランプ政権2期目は、1期目終了時の状態から始まることになりそうだ。 ■マスク氏に新たな役割 トランプ氏の政治任用者が続々と決まる一方で、小規模ながら極めて影響力のあるグループが存在する。 世界一の富豪イーロン・マスク氏は、トランプ氏の私邸マール・ア・ラーゴにある政権移行本部に入り浸っている。メディア報道によると、閣僚候補について次期大統領に助言し、先週はトランプ氏とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の電話協議にも加わったという。 トランプ氏は12日夜、マスク氏を「政府効率化省」のトップに起用すると発表した。テクノロジー界の起業家で共和党の大統領予備選に立候補したヴィヴェク・ラマスワミ氏とともに同省で、予算削減などの仕事を進めてもらうとした。 マスク氏は自身のソーシャルメディアのXで、たびたび政治的な意見を表明している。その一つとして、リック・スコット上院議員(フロリダ州)を次期院内総務に推した(※編集部注=上院共和党は13日、院内総務にジョン・スーン議員(サウスダコタ州)を選出した)。 マスク氏の政治活動委員会は、トランプ氏の選挙戦支援に約2億ドルを費やした。マスク氏は、次期大統領の政策を推進し、次の議会選挙で共和党候補を支援するため、資金を提供し続けると約束している。 一方、政府入りするのか注目されているもう一人、ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏については、落ち着く先がまだ見えない。元民主党員でワクチン懐疑派の同氏は、大統領選に無所属で立候補したが撤退し、トランプ氏の支持に回った。トランプ氏はケネディ氏に、アメリカを再び「健全」にする役割を与えると述べている。 「彼には、やりたいことがいくつかある。私たちはそれをさせるつもりだ」。トランプ氏は大統領選の勝利演説でそう話した。 ■議会より大統領権限を優先 トランプ氏が大統領に就任する時点で、共和党は上院を握り、下院も僅差とはいえ手中に収めている可能性がある。ただ、次期大統領のこれまでの行動をみる限り、立法府との協力より、大統領権限の行使に大きな関心をもっていると思われる(※編集部注=BBCが提携する米CBSは13日、下院でも共和党が多数派となることが確実になったと報じた)。 トランプ氏は先週、大統領の「休会任命」(議会が休会中に大統領が上院の承認なしで政権の要職者を任命すること)を増やせるよう、上院の共和党指導部は地ならしをすべきだとソーシャルメディアに投稿した。政治任用に関しての「助言と同意」という、憲法で定められた上院の役割を弱めることで、大統領の権限を強化しようという動きだ。 一方で次期大統領は、議会における多数派の立場を形成している僅差のリードを、少しずつ削り続けている。上院議員が政権中枢に移った場合は、その議員の地元の州知事がすぐに後任を任命できる。しかし、ステファニク氏やウォルツ氏のように、下院議員が政権入りして議席に空きが出たときは、特別選挙が必要となり、その日程調整には数カ月を要する。 マスク氏を含むトランプ氏の側近らは、これ以上、共和党議員を政権へと引き抜けば、立法による政策実現が危うくなると警告している。 (※編集部注=13日にはトランプ氏を長く支持してきたマット・ゲイツ下院議員(共和党、フロリダ州)が、司法長官に指名された) 議会での立法は、どれだけ条件が整っていても、時間と労力と妥協が必要だ。一方、新たな移民対策といった大統領令は、大統領がペンを動かすだけで実現できる。 トランプ氏は、少なくとも現時点では後者を重視していることが、その行動からわかる。 ■忠誠心に報いる トランプ氏は、新政権発足に伴う数千の職を補充し始めたばかりだ。それには、同氏が交代させるとした幹部級のキャリア官僚は含まれていない。 2016年、政治家としては新参者だったトランプ氏は、重要な役職の人事に関して、共和党のエスタブリッシュメントに頼らざるを得なかった。しかし今回は、自分への支持で実績のある候補者が多数いる。前回の当選から8年がたち、トランプ氏に忠誠を誓った人たちが、共和党でエスタブリッシュメントになっている。 トランプ氏は12日、サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事を国土安全保障長官に、FOXニュースの司会者で保守派の作家のピート・ヘグセス氏を国防長官に、それぞれ指名した(※編集部注=13日には、民主党選出の下院議員から今年、共和党にくら替えし、トランプ氏を強固に支持してきた元軍人のタルシ・ギャバード元議員が、国家情報長官に指名された)。 次期大統領による人選の多くが物議を醸しているが、特にヘグセス氏については、米軍の巨大な官僚機構の運営に携わった経験がなく、扇動的な発言が多いこともあって、特に疑問視されている。ただ、トランプ氏からみれば、アウトサイダーであることと、世間で話題となっている文化問題について積極的に発言しようとする姿勢は強みであり、欠点ではない。 そして両者とも、当初からトランプ氏を熱心に擁護してきた人物だ。 一方で、ルビオ氏やステファニク氏のように、トランプ氏の最初の大統領選では同氏を批判した人もいる。ただ、そうした人たちは何年もかけて、自分たちが発した痛烈な言葉は過去のものだと示してきている。 とはいえ、2016年にトランプ氏に対抗して大統領選の党予備選に出たルビオ氏は、まだホワイトハウスへの野望をもっているかもしれない。トランプ氏は1期目でしばしば、目立ちたがりに見えた閣僚を嫌った。そのため、当初は非常にうまくいっていた関係が悪化することもあった。 トランプ氏は指名を発表し始めた現段階では、忠誠心を重視しているのかもしれない。トランプ政権2期目4年間が1期目と違うものになるのかは、統治の実務に伴う重圧によって、いずれ明らかになるのだろう。 (英語記事 What White House picks tell us about Trump 2.0
(c) BBC News