「アラフィフの今、新たな命題 定年までのあと10年をどう働くか」ジェーン・スー
作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * 賑やかな商店街から少し離れた住宅街。その一角にある柔らかなアイボリーの壁を持つマンションに、ホッと一息つける一室がありました。 以前、本連載が私のマッサージ放浪記だった時代があります。その際、よく登場したゴッドハンドのAさんが20年以上勤めたサロンから独立し、遂に自分の城を築きました!おめでとうございます。 Aさんは、愛される施術者の条件をすべて兼ね備えた稀有な人。体を預ける相手として必須条件である温厚な雰囲気と性格、常に技術を更新する仕事に対する熱心さ、そして結果を体感できる施術。私も10年以上頼ってきました。 定期的にちゃんと通ったほうが体にはよいのですが、「はやく次の予約を入れてください」とプレッシャーをかけることもない。端的に表すなら、現状をまるごと受容し、解決に導いてくれるような人。 常連客も多く、いつ独立しても大成功間違いなしだったAさんが、50歳の背中が見えてきたあたりでようやく独立。逆に、なぜいま?と気になり尋ねると、「もっとお客様と向き合いたかったから」と答えが返ってきました。
客は肉体を癒やすためだけにサロンを訪れるのではありません。体をほぐされていくうちに、誰もが人に言えない悩みを口にするようになるそう。張りつめていた心も緩むのでしょう。サロンを営む別の友人も同じことを言っていた。 Aさんは「答えはお客様がもっている」とも言いました。「答え」とは、お客様がほしかったものを手に入れられたかどうかでしょう。肉体だけでなく、心のわだかまりも解消できたか否か。答えを導きだすには、客の安心と安全が確保できる場所で、じっくり向き合うしかない。そう思っての独立だったそう。 最近、俗に言う異業種転職の脱サラとは異なり、いま持つ自分の技術をより極めるための大人の独立が目立ちます。フリーアナウンサーの堀井美香さんも50歳で独立しました。会社員であり続けたからこそ、定年60歳までの10年をどう働くかを、真剣に考える年ごろなのかもしれません。守られて働いてきた人が、今度は自分の信条を守るため、リスクをしょって沖に出る時期。 晴れて自営業になれば定年の概念など吹き飛ぶのですが、とは言え思うように働ける時間は限られています。私だってそう。後悔のないように生きるには、あと10年どうやって働くか。新たな命題です。 じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中。 ※AERA 2024年7月8日号
ジェーン・スー