衝撃の不幸が次々と…朝ドラ『虎に翼』の「玉音放送なき終戦」と「夫の死」が意味するもの
弁護士復帰より裁判官を目指す理由
次に「弁護士という仕事への違和感」が芽生えていく様子も少しずつ描かれてきた。弁護士になれたものの女性というだけで依頼を断られやすく、復帰を目指しても雇ってもらえる事務所を見つけられず、幼い子どもたちもいる一家を支えていくのは難しい。 しかし、それ以上に大きいと思われるのが、弁護士という職業に対する意識の微妙な変化。第8週・第36話で「依頼者の満智(岡本玲)にだまされて、本当は助けるべきではない人を法律で助けてしまう」という失敗エピソードが描かれた。寅子が目指していた「困っている人のために誠心誠意働く弁護士」とは言い切れない経験をしたことが心境の変化をもたらしている。 また、それ以前の第5週・第25話でも、裁判官の桂場等一郎(松山ケンイチ)が法律についての見解を語る寅子に「君は裁判官になりたいのか?」と問いかけつつも、「ああ、そうか、ご婦人は裁判官にはなれなかったね」と突き放すシーンがあった。これは「寅子が女性初の判事や裁判所長になる」という既定路線のフラグにほかならない。 さらに「すべて国民は、法の下に平等」「人種、信条、性別などで差別されない」をうたう新憲法の公布は、寅子が「これで女性も判事になれる」と裁判官を志す理由としての説得力を加えている。 弁護士の断念、敗戦、相次ぐ家族の死、一家の貧困など、最大級のネガティブを経ていよいよ『虎に翼』が最も描きたい物語がはじまっていく。しかも最大級のネガティブを超速展開で描いたのは、視聴者のショックをやわらげるとともに、「判事・寅子」「裁判所長・寅子」の活躍をじっくり描きたいからではないか。 だからこそ後半の物語に対する期待感はこれまで以上に高まっていく。
「女性と子どもを救う」正義の味方に
3つ目の「女性や子どもの窮状」に関する描写は、終戦したことで際立っている。 第9週・第41話で、疎開先から東京に戻った寅子が上野駅で貧困にあえぐ子どもたちの姿を目の当たりにするシーンがあった。折り重なるように倒れる子ども、大人に突き飛ばされる子ども、途方に暮れるように座り込む女児などをあえて映す演出は、寅子の今後を暗示しているのだろう。 寅子のモデルである三淵嘉子さんは少年審判で5000人を超える少年少女に向き合い、時に涙ながらに更生を訴えかけたほか、新潟家裁で所長となってからも自ら少年事件を引き受けたなどのエピソードで知られている。生涯を通して少年事件や家事事件に取り組み続けた人だけに、ドラマの後半ではこのあたりが描かれるのではないか。 いずれにしても、今後はますます寅子のイメージが上がっていくことが予想される。幅広い世代から好感度抜群の伊藤沙莉が演じることで目立ちにくかったものの、これまでの寅子は誰からも好かれるほど人柄がいいとは言えないところがあった。 裕福な家庭で育ち、家族の支えを受けて勉学に励み、他の仲間が不本意な理由で断念する中、弁護士になれた。また、「弁護士として社会的信用を得るため」という自分にとって都合のいい結婚を考え、「誰でもいい」とまで言っていたこと。優三の申し出を甘んじて受け入れて、しかも彼は理想的な相手だったことなど、当時の女性としては誰よりも恵まれていた感がある。 しかし、弁護士を断念し、兄・夫・父を失ってしまったこと。特に「短期間で最愛の人になった夫・優三と、頼りないが常に寅子を尊重し、応援してくれた父・直言を失う」という不幸の連続によって、寅子への共感が一気に進んでいくかもしれない。 今後、寅子はさまざまな裁判官たちとの出会いでどう変わっていくのか。どんな業務に携わり、世の中にどんな影響を与えていくのか。いずれにしても、30日放送(木)の第44話で優三の死と向き合い、泣きの芝居で視聴者を魅了した伊藤沙莉の代表作になるのは間違いないだろう。 ・・・・・ 【もっと読む】『「一般のお客さんにも頭を下げて…」「現場もメロメロです」…! 朝ドラ主演・伊藤沙莉が「カラオケの夜」に見せた圧倒的「人間力」』
木村 隆志(コラムニスト/コンサルタント)