なぜ小林陵侑はW杯個人総合優勝を果たせたのか
葛西氏も教え子の躍進に舌を巻く。 「今シーズン、僕が教えたことの完全に上を行ってしまった」 理論を体現できることが小林の非凡な能力なのだろう。 アプローチ姿勢の改良は空中スピードをアップさせた。 筆者は、空中姿勢において、身体とスキーの距離の変化も躍進の要因だと見ている。真横から見ると、カタカナの「ユ」の字に見えるほど懐が広くなった。そこに空気対流を生み出し、揚力を与えているのだろう。特にジャンプの後半。およそ120mあたりから着地までの最後のひと伸びがある。一部のジャンプ解説者は、『疲れが出てくると身体からスキーが離れていく』と分析していたが、本人は、「実は自然なんですよ」という。無意識に距離を伸ばすテクニックを身につけているとすれば天才だろう。 オーストリアの名門スキーメーカーであるフィッシャーは、小林の特徴に合わせたスペシャルな板を何本も提供して躍進を後押ししている。軽さ、しなやかさ、そして適度な固さを追求したそれは、オーストリアのエース、シュテファン・クラフトに提供されているものと同様の高いレベルのもの。 ポイントトップの選手に与えられる「イエロービブ」をつける身であれば、いくら調子が悪くとも、基本、全試合に出場しなければならない。それはトップ選手の使命であり宿命となる。そのために遠征が続き、肉体、メンタルの疲労の蓄積を含めてシーズンを通じてのコンディション調整も過酷を極めた。W杯札幌大会では、お気に入りの名店、「味坊」で大好きな味噌ラーメンを食べて、ひと息をつき、英気を養い「日本で気持ちをリセットして回復できています」と小林は語っていたが、最大のターゲットだった2月下旬の世界選手権ではラージヒルで4位、ノーマルヒルでは14位に終わっている。 連勝を続けることで小林に対しての他国のマーク、分析もきつくなっていた。オーストリアチームは、映像分析で、小林の空中のシルエットを真似て、それを器用なクラフトが取り入れるなどしている。しかも、欧州各地では、追い風でスタートさせられるなど“目に見えぬ小林包囲網”もあったが、小林には、すべての“壁”を乗り越えるだけの確かな力が備わっていた。 普段、滅多に大口を叩かない小林だが、札幌大会の際、テレビインタビューという舞台の高揚感も手伝ってか、「総合優勝できればいいですね」と“約束”していた。この時点で、秘めた確信があったのかもしれないが、小林は有言実行を果たして日本人初の偉業を成し遂げたのである。 (文・写真・岩瀬孝文/スポーツライター)