裁判長を「生涯、後悔するよ」と恫喝…二審で死刑破棄となった工藤会総裁「司法は暴力団に屈したのか」
福岡県北九州市の元漁協組合長射殺事件など一般市民を襲撃した4つの事件で殺人罪などに問われ、一審の福岡地裁で死刑判決を言い渡されていた暴力団「工藤会」トップ・総裁の野村悟(77)に対し、福岡高裁は今月12日、死刑を破棄して無期懲役の判決を言い渡した。’21年8月の福岡地裁判決は暴力団トップに初の死刑判決が言い渡されたことで、大きなニュースとして取り上げられたが、今回は減刑されたことで再び大きくクローズアップされた。 【最新近影】すごい…!幹部たちに見送られ高級車に乗る六代目山口組・司忍組長「オーラ満点」肉薄撮 一審の福岡地裁では死刑判決が言い渡されると、野村は裁判長に向かって「あんた生涯、このこと後悔するよ」と言い放った。司法に対する威嚇とも受け取られかねない発言も大きな話題になった。異例の発言は工藤会の組員たちに裁判官へ報復せよとのメッセージではないかとの憶測も呼んだ。 しかし、今回は減刑されたことに納得したのか、判決を読み上げる裁判長に向かって時折うなずくような様子を見せていた。野村とともに起訴され、一審で無期懲役の判決だった工藤会ナンバー2で会長の田上不美夫(67)については、福岡高裁は控訴を棄却した。野村、田上の2人は判決を不服として最高裁に上告した。 野村と田上が殺人罪などに問われた4つの事件は以下の通り。 ’98年2月の元漁協組合長の男性射殺事件(北九州市) ’12年4月の福岡県警元警部銃撃事件(同市) ’13年1月の看護師の女性刺傷事件(福岡市) ’14年5月の歯科医師の男性刺傷事件(北九州市) 福岡地裁はすべての事件で野村の指示があったとする直接的な証拠はないなかでも、「暴力団組織としての意志決定の経験則」などから関与を「推認」できると死刑としていた。しかし、福岡高裁は元漁協組合長射殺事件については無罪とした。 事件発生時には、野村は工藤会のトップではなく、2次団体「田中組」のトップだった。判決では、田中組が実行したと認定はした。しかし、野村が意思決定に関与していたかは不明で、「証拠の評価を誤り、不合理な認定をした」と一審判決を否定した。ほかの3事件については実行犯との共謀を認めて有罪とした。 野村の裁判を注視し続けてきた、弁護士会の民事介入暴力対策委員会に所属している弁護士は、「控訴審判決を聞いて失望した。がっかりした」とまずは率直な感想を述べたうえで次のような考えを示した。 「一審判決で暴力団のトップに死刑判決が認められたのは国の姿勢を示したものとも言える。思い切った判断に出たなと思った。死刑判決が出た際に、山口組では自粛の通達が出た。暴力団にとっては大打撃だった。活動が抑制されるということでも意味があった」 彼は死刑判決の維持に期待していたという。その上で、控訴審での田上の主張に注目したという。 「野村、田上の双方とも一審では4つの事件すべてで無罪を主張していた。しかし、田上は二審になると、看護師刺傷、歯科医刺傷の2事件について犯行の指示を認めた。これはヤクザの美学、哲学ではないだろうか。『野村はやっていない』と自分の非を認めて罪をかぶろうとした」 さらに「弁護士の立場で言うと、社会への謝罪にはなっていない」と強く非難する。 「非を認めるのであれば、これまでの工藤会が引き起こした事件の裏側まですべて洗いざらい法廷で告白すべきだ。未解決の事件もある。警察も把握できていないような、発覚していない事件もあるはず。最低限、工藤会の組員が起訴された事件については話すべき。それで社会へのおわびになる。そして心を入れ替えて服役すべきだ。このままではただ野村への献身だけだ」 別の弁護士は田上が2事件について関与を認めたことについて自民党の裏金事件と「似て非なるものだが、似ているところがある」と指摘する。 「田上が自らの関与を認めたことで、野村の関与を否定した。これは野村をかばうだけで、社会に対する謝罪になっていない。自民党の裏金事件が大問題になった際に、安倍派の幹部は、派閥解散などに追い込まれたことについて、『安倍元総理に申し訳ない』などと発言していた。これは『どちらを向いて謝罪しているのだ?』と失笑の対象となった。謝罪の相手は国民のはずだ。このような事態になっても内向きの論理が優先されているのは双方ともに同じで問題だ」 ネット上では死刑破棄の判決について、「司法がヤクザに負けたのか」といった主旨の意見が飛び交った。この点で、警察当局の幹部は、「一審判決の際に、野村が『後悔するぞ』と発言したために裁判所が気後れしたのではないかということが独り歩きしたのだろうが、そういったことは全くない」と陰謀論めいた意見を一蹴する。ただ、「我々としては到底、納得できない。いくつも問題点がある」とだけ述べた。 取材・文:尾島正洋 ノンフィクション作家。産経新聞社で警察庁記者クラブ、警視庁キャップ、神奈川県警キャップ、司法記者クラブ、国税庁記者クラブなどを担当しフリーに。近著に『俺たちはどう生きるか 現代ヤクザのカネ、女、辞め時』(講談社+α新書)。
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