「海を見ながらとても満足そうでした」 天国に旅立った夫から20歳下妻が受け取ったのは「最期の時間を一緒に過ごすための贈りもの」だった
自家製の窓、ブラインド、棚、ベッド、調理器具を吊り下げる格子、外には農機具倉庫に木製フェンス、シャワー。すべて自分でつくったという。 現役時代は、パソコン黎明期からのコンピュータープログラマーだったSさん。ゼロからつくり上げることが好きでたまらないといった様子。細部や仕上げの完璧さにはこだわらず、夏休みの工作のように独創的だ。 それだけにとどまらない。 すべてがSさんの世界観で埋め尽くされている。
部屋には見たこともない外国製の電動自転車がバラバラになっている。倒産した自転車メーカーの中古不動品を、ネットオークションで3台も入手し、ばらして組み立てているそうだ。 かと思えば、懐かしの2チャンネルアンプのオーディオセットが一角を占め、スピーカー前には一脚の肘かけイスが。これまた年代物のビートルズのオープンミュージックテープを聴きながら、雨のSさん宅訪問はあっという間に過ぎていった。 ■老後に僕がDIYをする理由
SさんになぜDIYするのか? と尋ねてみたら、こんな答えが返ってきた。 「老後はどうせ、みなさん暇があるでしょう? 動画サイトやネットで大抵のことは調べて自分でできるから、今までできなかったことをやってみたいんだよ。マンションだったら大工工事はできないでしょう? 暇を持て余したうえに、人にやってもらうことばかりが増えてもね(笑)」 自分にとって価値のあるものは何か? Sさんにとっては古い道具をゆっくりと時間をかけてもとどおりにして、その時代を懐かしみ味わうことがまたとない喜びとなった。山の頂の家では、今日もここちよい音が聞こえているに違いない。
湯山 重行 :建築家・一級建築士。アトリエシゲ一級建築士事務所代表