元モスクワ特派員が見た「マリウポリの20日間」 オスカー像を手に「作られなければよかった」と言った監督の真意とは
2022年2月、ウクライナに突如侵攻したロシア軍が包囲した東部の要衝マリウポリ。現地の惨状を伝えるテレビのニュース映像を食い入るように見つめた。特に空爆された産科病院から血だらけの妊婦が担架で運ばれるシーンは衝撃的だった。こうした戦場での映像はどのように撮影され、世界に配信されたのだろう、と疑問に思っていたが、「マリウポリの20日間」を見て、合点がいった。ミスティスラフ・チェルノフ監督らウクライナ人ジャーナリスト3人で構成するAP通信の取材チームが、ロシアに侵略された祖国の実情を世界に伝えなければという使命感から、海外メディアが撤退するなか現地にとどまり、命がけの活動を続けたことによるものだった。 【動画】ロシア軍に包囲された市内に残り、命がけで撮影された惨状「マリウポリの20日間」予告編 ロシア軍の蛮行を克明に記録した本作は、ウクライナ映画(米国との合作)として初のアカデミー賞(長編ドキュメンタリー賞)に輝いたが、授賞式でオスカー像を手にしたチェルノフ監督は「このステージで『この映画を作らなければよかった』と語る監督はおそらく私が初めてだろう。今回の受賞と引き換えに、ロシアが決してウクライナを攻撃せず、私たちの都市を占領しないようになればと願っています」とあいさつし、今なお戦争が続く現状に複雑な思いを示した。
侵攻初日に現地入り 取材を開始
取材チームは侵攻開始当日にウクライナ東部ハリコフからマリウポリに入った。最初に出会ったのはロシアの攻撃に動揺して街をさまよう女性だった。チェルノフ監督は「民間人は攻撃されない。自宅で待機して」となだめるように話しかけた。ロシア側は民間人は攻撃の対象外と説明していたからだ。しかし、実際は無差別攻撃が行われ、市民に多数の犠牲が出た。侵攻3日目に地下シェルターで再会した先の女性から「家に帰ったら爆撃を受けた」と言われると、監督は自分が間違っていたことを認めて謝罪し、「無事で何より」とつぶやいた。 また、シェルターで不安そうに身を潜める子どもたちを取材するなかで、チェルノフ監督は同じように避難生活を送る自身の娘たちを案じる。「心配だ。早く会いたい」。このように監督自らの苦悩や率直な思いが本人のナレーションで織り込まれ、戦争をより身近に感じさせる。 「音」も効果的に使われている。当初は郊外から聞こえていた砲撃音が次第に近づき、4日目に市街地上空を飛行するロシアの戦闘機の音が初めて聞こえた。15日目に機関銃の音がしたのは、ロシア兵が街に侵入したからだ。まもなくZマークを付けた戦車がアパートを砲撃するようになり、街全体がほぼロシア軍の支配下に置かれた。マリウポリ包囲網がじりじりと狭まる様子が緊迫感とともに伝わってくる。