『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は内戦中のアメリカが舞台──国民同士が争い合う世界を描いた理由を監督のアレックス・ガーランドに尋ねた
A24製作のディストピアアクション映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。西部勢力と政府軍が対立し、国を二分する内線が勃発した現代アメリカでは、各地で武力衝突が続き、首都は陥落寸前だった。大統領にインタビューを試みるため、キルスティン・ダンストら4人のジャーナリストは、決死の覚悟でNYからワシントンへと向かう。溢れるフェイクニュース、ジャーナリストを主役にした理由についてなど、来日したアレックス・ガーランド監督に問いかけた。 【写真を見る】アメリカ人同士が争い合う荒廃した世界を描いた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』をチェックする
アメリカで4月12日に公開された『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、2週連続で全米第1位の興収を記録した。内戦が勃発したアメリカを舞台に、ジャーナリストの主人公たちが大統領への取材のためにホワイトハウスを目指す本作は、現代的にアップデートされた『地獄の黙示録』(1979)と言えるかもしれない。自分の王国を築こうとするカーツ大佐のような大統領に会いに行くため、主人公たちはボートではなく車を走らせながら闇の奥へと進んでいく。今や戦争映画のリアリティーはアメリカ国内にまで侵食してしまった。大統領選が行われる2024年にこの映画がヒットしたのは、自分たちの住んでいるアメリカが戦場になる危機感が当たり前に共有されているからだろう。 今回、インタビューをするにあたって、監督を務めたアレックス・ガーランドのフィルモグラフィーを振り返ってわかったことは、彼が非常にジャーナリスト的な視点を持つ作家だということだ。どの作品にも共通して政府や社会といった既存のシステムに対する告発が含まれており、それは時にSFのフォーマットで語られることもあったが、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の主人公はジャーナリストで、舞台は現代のアメリカだ。もう、SFのアナロジーに頼っている場合ではないのかもしれない。未来の危機はすぐそこまできている。 ■A24最大予算の戦争映画 ──『シビル・ウォー アメリカ最後の日』がアメリカで公開されて4ヶ月が経ちました(8月下旬に行われたインタビュー)。公開後の反響で興味深かったことなどはありますか? あらゆる面で興味深かったよ。私が映画を作るのは会話を促すためでもあるんだ。挑発的な要素を含んだりして、会話が生まれるように働きかけたい。とくにこの映画はディベートを促すと思う。嫌いな人もいるかもしれないが、それでいい。好む人もいるからね。それが会話の本質じゃないかな。私にとって問題なのは映画が公開されたのに誰も気にかけず、会話も生まれないことだよ。そうなったら残念だけど、まあ、それが人生というものさ。 ──しかし、本作はヒットして、映画を通して多くの会話が生まれたと思います。この結果は製作を担当したA24の力も大きかったと思いますか? そうだね。A24は本当の意味でリスクを取ってくれたんだ。この映画の題材とアメリカが置かれた状況を考えると、製作には巨大なリスクがあったと思う。しかし、A24は自社で製作した過去のどの作品よりも多い予算を投じてサポートしてくれた。私は彼らが取ったリスクに敬意を払って、その恩に報いたかったんだ。ただの映画スタジオじゃなくて、血の通った人間みたいだったよ。 ■モチベーションは怒り ──監督は本作の脚本を2020年に書いたとお聞きしました。2020年と言えばCOVID-19によるパンデミックがあり、監督が活動の拠点とされているイギリスではブレグジットもありました。分断が加速した時代に、そのことを真正面から直視する作品を作ることは大変だったと思います。どうモチベーションを保っていたのでしょうか? 率直に言うと、怒りがモチベーションだったよ。私が目にしたのは、ファシズムや愚かさが目立ち始め、政治家が大衆に嘘をつくことが許されている状況だった。うんざりしたよ。とてもはっきり覚えているが、何年もの間、優秀なライターや善良なジャーナリストが「暴力的な言葉」が「暴力的な行動に変わる」と警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、人々は聞く耳をもたなかった。そしてその通り、2021年1月6日に連邦議会議事堂襲撃事件が起きた。ドナルド・トランプの暴力的な言葉が、彼を支持する人を襲撃事件へと駆り立てた。事態は悪化し続け、私の怒りも増していった。だから、ある意味、怒りを抑えるのに比べたら、映画を作るのは大変ではなかったよ。 ──この映画に関わったスタッフも監督と同じモチベーションだったと思いますか? 映画はもちろん一人で作るものではない。ともに働く人がたくさんいて、俳優もスタッフも多種多様なバックグラウンドをもち、多種多様な人生経験をしてきて、多種多様な政治的信念を持っている。右翼の人もいれば、左翼の人もいるが、基本的にはみんな問題があることには同意していて怖がっていた。だから一緒に映画製作に取り組めたんだ。 ■映画は現実よりも正直 ──今年の7月にトランプ大統領の銃撃事件があり、AP通信のエバン・ブッチ氏が撮影した写真が話題になりました。一方で最近は誰もがスマートフォンのカメラで事件の現場の写真を撮影することもできます。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の主人公はフォトジャーナリストですが、プロのフォトグラファーと一般の人々の違いはなんだと思いますか? これは映画にも言えることだが、プロのフォトグラファーはフレーミングや照明の使い方、立ち位置を熟知している。(取材現場にいたフォトグラファーに対して)今、君はランプシェード越しに撮影しているね? そう、彼はまさにランプシェード越しに撮影するというちょっとしたテクニックを使ったんだ。ボケたランプシェードで画面を分割する構図の写真が撮れているはずだ。これがプロと一般的な人の違いだ。プロフェッショナルな人が映画や写真を撮る時、人々をどこに導きたいのか、感情をどこに置きたいのか、そして写真から何を読み取って欲しいのかをコントロールできる。場面をフレームで切り取ったり、トピックを抜き出したりすることで、シーンに意味を与えることは、映画(シネマ)が得意とすることだ。 ──なるほど。では、カメラで社会を切り取ると考えたときに映画とニュースの違いはなんだと思いますか? 映画の場合、結局のところフィクションの歪みが存在していることを受け入れ、語り手を信じることが重要だ。時として映画は現実より正直なこともある。なぜなら、映画はそれ自体が創作であるという事実を隠していないからだ。いま、世の中に出回っている嘘の情報の中には、本物かのように装っているものはあっても、創作だと装っているものはない。当たり前だが、それはニュースのふりをした、ただのでたらめなんだ。その点、映画は何かに装うことはないから、時として現実よりも正直と言えるかもしれない。 ■未来のフォトジャーナリスト ──本作には若手のフォトジャーナリストとしてジェシーというキャラクターが登場します。劇中でジェシーは自分の憧れのジャーナリストであるリーと行動をともにしながら様々なことを学んでいきますが、その姿に少し危うさも感じました。彼女はこれから良いジャーナリストになると思いますか? そうだね、彼女は良いジャーナリストになると思うよ。彼女はすでに良いフォトジャーナリストさ。もし、あなたがよくカメラを使うなら、誰かが写真を撮っているところを見て、たとえカメラを覗かなくても、その人がどんな写真を撮っているかわかるはずだ。リーはカメラを持つジェシーの姿を見て、とても才能に溢れていると気づくんだ。 ──なるほど。この映画の序盤でジェシーはリーに助けられますが、ラストでもまた危ないところを助けられてしまいます。見方によっては成長していないようにも見えるのですが、どうでしょう? それは年上の人が若い人の才能を認め、彼らを守る一方で、邪魔をしないようにすることと関係している。何が起こっていたかというと──これは単純なメッセージとして受け取ってほしくないのだが──リーはジェシーの姿を見て、自分が未来なのではなく、彼女が未来であると悟ったんだと思う。私の役目はもう終わりに近づいている、と。それが映画の中でリーが次第に諦めていく理由でもある。彼女はある場面で、かつての恩師であるサミーを撮った写真をカメラから削除する。その理由はおそらく、ジェシーが撮る白黒写真の方が優れていると気づくからだ。自分より若いフォトグラファーの方が優れているとね。 ■行き先を決めるのは観客 ──初期作の小説『ザ・ビーチ』(1996年)や脚本を担当した映画『28日後...』(2002年)から、2020年のドラマシリーズ『DEVS/デヴス』に至るまで、監督の作品はどれも一貫してラストに「帰還」というモチーフが重要になると思います。しかし、今回の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』では、ラストに「帰還」が描かれていないように感じました。それはなぜでしょう? それは観客との関係が他の作品と異なっているからだと思うよ。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の物語を提供しているのは観客なんだ。例えば、劇中でアメリカが崩壊した経緯は決して語られない。それは観客がすでにアメリカがなぜ壊れているかを知っているからだ。そこで次に来る疑問は、この先、何が起こるのか?ということだが、それも観客はわかっているはずだ。私はこの映画の始まりと終わりを観客に託したんだ。この物語の最後の行き先を決めなければいけないのは観客なんだ。 ──最後の質問ですが、監督がプロデューサーのひとりとして参加した2014年の作品『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』のラストは、サミュエル・L・ジャクソンが演じる大統領が写真を撮られるところで終わります。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』のラストと似ていますが、これは偶然でしょうか? いや、それは偶然だよ(笑)。友人の手助けをしただけで、その映画には深く関わっていないんだ。それが全てだよ。初めてこんな質問を受けたよ(笑) 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 10月4日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開 監督・脚本:アレックス・ガーランド 出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 写真・内田裕介 文・島崎ひろき 編集・遠藤加奈(GQ)