コンサートホール襲撃 ロシアはなぜウクライナのせいにしようとするのか
スティーヴ・ローゼンバーグ BBCロシア編集長 最初のうちは、「もしかすると」「そうかもしれない」という言い方だった。ほのめかし、示唆するにとどまっていた。 しかし今では、何もはばからない直接的な糾弾が続いている。 モスクワ近郊のクロクス・シティー・ホールが3月22日夜に襲われ、145人が死亡した。この襲撃の背後にはウクライナと西側諸国がいたのだとする主張を、ロシア当局は全面的に繰り広げている。 武装勢力「イスラム国(IS)」が事件直後に犯行声明を出した。しかし、実行犯とされる容疑者が拘束されて間もなく、ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナとの関連をほのめかす発言をした。 拘束された4人は全員がタジキスタン市民だ。ロシアの国営テレビは今週末、録画された4人の取り調べ映像を放送した。容疑者の1人はカメラの前で、攻撃後に「キーウへ向かう」つもりだったと話した。 4人の供述については、きわめて慎重に受け止める必要がある。逮捕後に出廷した際の映像では、4人とも拷問を受けたように見えた。 4人の取り調べについて報告したロシアのテレビ記者は、奇妙な主張を展開した。 「テロ攻撃の後、複数の西側当局とロシア国内の多くの『外国の代理人』は、ウクライナ関連への注目をそらし、ISにだけ注目が集まるように仕向けた」というのだ。 ロシアでは、クレムリン(ロシア大統領府)に批判的な大勢が「外国の代理人」と認定されている。外国から資金を提供された、あるいはただ単に「外国の影響下にある」というだけの理由で。 ISに「注目が集まる」ようになったのは、意外でもなんでもない。 ISは犯行声明を出しただけでなく、襲撃現場の動画を公表したのだ。 対照的に、ウクライナは一切の関与を否定した。さらに言えば、アメリカ政府は事件に先立ち、ロシア国内で攻撃があるかもしれないとロシア政府に警告していたのだ。イラン政府も同様に警告していたと言われている。 しかし、長さ13分のリポートの中で、ロシア国営テレビはISの犯行声明についてはまったく触れなかった。 さらには記者が続けて、根拠なく、次のように発言した。西側メディアは「自分を守ることもできないまま殺された140人以上の被害者よりも、テロ攻撃の実行犯に対して同情的だ」などと。 西側メディアは極悪だと、ロシア国民がそう思うように仕向けているのは明らかだった。 こういうことを言うのはロシアのテレビだけではなく、ロシアの外務省も同様だ。メッセージアプリ「テレグラム」の公式チャンネルで外務省は、西側諸国では「今回の悲劇の本当の規模を報道してはならないと、報道機関は厳しく命令されている。テロ攻撃の被害者の人数や、子供たちが殺されたこともこれに含まれる」と書いた。 「ロシア国民に人間らしい思いやりや共感を示すことは禁じられている」とも。 これはまったく現実とは異なる、「並行現実」だ。BBCはそのような命令など受けていない。諸外国の報道機関は、クロクス・シティでの乱射事件と火災、そしてその悲惨な結果について、多岐にわたり報道している。 共感ということで言うなら、西側諸国から多くの外交官がロシア外務省を訪れて追悼の記帳をしたし、後にはクロクス・シティー・ホールの前に被害者追悼の花を供えている。 それでもロシア当局関係者は、ウクライナと西側のせいだと口々に言う。 ロシア連邦保安庁(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官は、ロシア国営テレビでこう述べた。 「この襲撃はイスラム過激主義者たちと西側特殊機関が準備し、西側機関が援助したものと考えている。これにはウクライナの特殊機関が直接、関与している」 プーチン大統領は先週、「ロシアがイスラム原理主義者のテロ攻撃の対象になるなど、ありえない。我々は、宗教同士の調和、宗教間と民族間の一体性を独自の形で実現しているからだ」と述べた。 しかしFSBはつい先月、モスクワでシナゴーグ(ユダヤ教の集会所)に対するISの攻撃計画を阻止したと発表したばかりだ。 それではいったいなぜロシア政府幹部は、クロクス・シティーでの惨劇を、なんとしてでもウクライナや西側諸国のせいにしたいのか。 理由はいくつか考えられる。 ■敵を変えるな 隣国への全面侵攻を開始して以来、ロシア人は自分たちの一番の敵はウクライナと「西側全体」なのだと信じ込まされてきた。 ロシアの当局はそのメッセージを変更したくない。自分たちの安全を脅かすのはウクライナ政府や西側の指導者ではなく、実はイスラム過激主義者なのだとロシア国民が結論しようものなら、なぜイスラム過激主義との戦いではなくウクライナとの戦いに政府が注力しているのか、国民は疑問に思うかもしれないからだ。 ■注意をそらせ プーチン大統領は3月、ロシア国内で過激主義者による攻撃が「差し迫っている」というアメリカ大使館からの警告を公然と否定した。 プーチン氏は、テロ攻撃をアメリカ政府が警告してきたことは「恐喝そのものだ」と非難。「我々の社会を威圧し、不安定にすることが目的だ」とした。 この数日後に、クロクス・シティー・ホールは襲撃された。 アメリカ当局者はこの後、自分たちがロシア当局に提供したインテリジェンスは「具体的で、目前で、信用できる」ものだったと言明した。 自分たちがどういう情報の提供を受けて、どう対応したのかが注目されないよう、ロシア当局はウクライナ政府や西側諸国をことさらに非難しているのかもしれない。 ■戦争激化の前提 ウクライナ政府と西側諸国がコンサートホール襲撃に関与していたと主張しておけば、ロシア政府はもし今後ウクライナでの戦争をさらに激化させるべしなった時に備え、その前提となる理由付けを確立できる。 しかし、敵の見極めを誤ることは政治体制にとって致命傷になりかねないと、ロシア当局に異国する専門家もいる。 「こういう政治体制が死に至る、よくある形だ」と、政治学者のウラジーミル・パストゥホフ博士は言う。 英ユニヴァーシティ・コレッジ・ロンドンの名誉上級研究員でもある博士は、「自分たちの一番の敵だと思い込んだ相手にばかり注力し、よそにいる本物の敵に気づかない」のが、政治体制崩壊の典型的な形だと説明する。 「(ロシア政府は)今のところ、ウクライナと西側とリベラルに集中している。その間、裏口は開けっ放しだ。その裏口から、本当の危険が入り込んでくる」 (英語記事 Why is Russia trying to frame Ukraine for concert massacre? )
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