農協改革 何が問われているのか ─新旧保守政治の対立─ 内山融・東京大学大学院教授
安倍政権は農協改革に乗り出している。全国農業協同組合中央会(全中)が地域の農協に対する監査・指導権を持つことが農協法に規定されていたが、同法を改正して全中の監査・指導権を廃止し、一般社団法人に転換させる方針である。改革の趣旨は、全中の法的権限をなくすことにより、全国に約700ある地域農協の自由度を高めて競争させ、経営の創意工夫や効率化を進めようというものである。 この動きに対して全中は強く反対してきた。この改革が全中の政治力を弱めることになるからだと考えられる。全中は、職員数21万人、組合員数461万人とされる農協グループの組織力と資金力をバックに、政治的に大きな影響力を発揮してきた。実際、今年1月11日に行われた佐賀県知事選では、官邸主導で擁立された与党推薦候補が、地元農協が中心となって支援した候補に敗北した。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉に関しても、全中は農産物市場開放に強く抵抗している。しかし、全中の法的権限が廃止されると、農協に対する指導力が小さくなり、農業政策への影響力も減る可能性が高い。 こうして全中は農協改革に抵抗したものの、安倍官邸の意思は固かった。「岩盤規制」打破を唱える安倍政権にとって、農協改革はそのシンボルだからである。TPP交渉妥結に向けて全中を牽制するねらいもあろう。結果的に、多少の妥協がなされたものの、当初の政権の方針が貫かれる見通しである。
この一件が示しているのは、官邸主導で新自由主義的な構造改革を進めようとする「新しい保守政治」と、農協などの団体から支持を受け、代わりに利益を分配する「従来型の保守政治」の衝突である。今回はとりあえず前者に軍配が上がった形である。 しかし論点は残っている。2月7日に行われた自民党の全国幹事長会議では、農協改革への慎重論が幾つも出たという。農協の持つ集票力への期待がいまだ高いことの証しである。新旧保守政治の対立は続くであろう。 また、安倍政権はこの問題を「岩盤規制」のシンボルとみなしてきた。しかし、全中が地域の農協や農業者の自由な活動を実際にどの程度拘束していたか、どこまで詳しい検証がなされただろうか。本来、政策立案は、憶測や予断ではなく、具体的な証拠に基づいたものでなくてはならない(例えば、ブレア政権以降の英国では、重要な政策決定に際して費用便益計算を行わせるなど「証拠に基づいた政策形成」が重視されている)。冷静な議論や検証を欠いたままの性急な改革は、批判を惹起するのではないか。 ------------------ 内山 融(うちやま ゆう) 東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は日本政治・比較政治。著書に、『小泉政権』(中公新書)、『現代日本の国家と市場』(東京大学出版会)など。