関西圏では無敵!ビワハヤヒデ「どこをどう探しても負けるデータはなかった」/1994年・宝塚記念
【記者が振り返る懐かしのベストレース】1994年の宝塚記念は単勝1・2倍の圧倒的1番人気に支持されたビワハヤヒデの独壇場。ハイセイコー(74年)、ハギノカムイオー(83年)と並ぶ宝塚史上最大(当時)の着差5馬身差をつけての圧勝劇だった。 【表】懐かしの馬名も!94年宝塚記念結果 「負ける気がしなかった。どこをどう探しても負けるデータはなかった」と自信満々に振り返ったのは浜田調教師。 手綱を取ったのは3歳時から騎乗してきた岡部幸雄。スタートからすかさず好位につけ、終始3番手をキープ。4角では持ったままの手応えで一気に先頭に立ち、直線は後続との差を広げる一方のワンサイド勝利だった。 通算16戦10勝2着5回という超堅実駆け。皐月賞、ダービーとも2着と春のクラシックには縁がなかったが、秋になって菊花賞を制覇。翌年は天皇賞(春)に続いて、この宝塚記念を勝ち、GⅠ3勝目を挙げている。 今でも鮮明な記憶として残っているのはビワハヤヒデは京都、阪神の地元競馬では負け知らずだったこと。「今思えば遠征競馬だと食いが落ちて…」(浜田師)。敗戦はいずれも東京、中山コースだった。 ビワハヤヒデは95年1月18日に現役登録を抹消。その後は北海道・門別の日西牧場で2005年生まれの産駒まで種牡馬として活躍した。(2008年6月25日付東京スポーツ掲載)
東スポ競馬編集部