組織の問題を精神論で解決しようとしてはいけない
──前々回の記事:人間が合理的だからこそ、組織の問題は起きる(連載第30回) ──前回の記事:あらゆる組織の問題はエージェンシー理論で説明できる(連載第31回) ■問題の根源を解消する組織デザインとルール エージェンシー理論は、企業組織に起こる様々な問題を説明しうる。図表3では、経営学における「モラルハザード問題」の主な研究トピックと、代表的な実証研究をリストアップした。経済学・ファイナンス・管理会計まで視野を広げれば、トピック数はこれよりはるかに多くなる。 繰り返しだが、エージェンシー理論はけっして倫理的・精神論的な議論はしていないことに注意していただきたい。「仕事の手を抜く」「スキャンダル」「経営者の報酬」と聞くと、どうしても倫理問題のような印象を受けるし、実際にビジネス誌などではそう書かれがちだ。しかし、これらはあくまで「情報の非対称性」と「目的の不一致」による、エージェントの合理的な行動の帰結として生じるのだ(図表4を参照)。 したがってエージェンシー理論の視点からは、ただ精神論的な解決策を叫ぶのではなく、その問題の根源である「情報の非対称性」「目的の不一致」を解消する組織デザインとルールをつくることが、何より重要だ。今回は、なかでも同理論で重視される「モニタリング」と「インセンティブ」を紹介する。
■モニタリングによる解消法 モニタリングとは、その名のごとくプリシパルがエージェントを監視(モニター)する仕組みを組織に取り入れて、「情報の非対称性」の解消を目指すものだ。 従業員・部下の管理なら、例えば上司が部下に1週間の業務内容を報告させて、その行動をチェックすることがそれに当たる。銀行では行員が不祥事を起こさないように、検査部門による抜き打ち検査が行われる。最近はバス・電車などの公共交通にドライブレコーダーの導入が進んでいるが、これも運転手へのモニタリングといえる。 コーポレートガバナンスにも、多様なモニタリング手段がある。本章では特に代表的な2つを紹介する。 ■「物言う株主」によるモニタリング 大株主(ブロック・ホルダーと呼ばれる)など発言権のあるプリンシパルが、取締役会に人を送り込むことは、典型的なモニタリングである。例えば、スタートアップ企業に投資したベンチャーキャピタルが、取締役会に人を送り込むのがそうだ。ベンチャーキャピタルはファンドを組んで企業に投資することが多いから、ファンドの投資家にスタートアップ企業に投下した資金が適切に運用されているかを説明する義務があるからだ。 また、いわゆる上場企業に対する「物言う株主」も、モニタリングに積極的な大口株主の一例である。日本でも、一時期スティール・パートナーズなどの機関投資家が「物言う株主」として話題になった。 他にも、例えば2015年2月に、米国資産運用会社サード・ポイントのダニエル・ローブ氏が、電気機器メーカーのファナック経営陣に自社株買いを要求した。これも(ローブ氏の主張が正しいかどうかはともかく)、売上高営業利益率が40%以上と高収益の割に内部留保が多いことが、プリンシパルであるローブ氏の目からはファナック経営陣が利益を株主に還元していないという意味で、モラルハザードとして映ったと推測できる。 ■社外取締役・監査役の導入 企業が外部から取締役・監査役を受け入れることも、モニタリングの一種である。社外取締役は株主ではないが、それでも外部の目が入ることで企業の透明性が高まり、株主(プリンシパル)に対する情報の非対称性の解消が期待できる。 日本でも、社外取締役を受け入れる企業は急増している。特に現在の日本政府は企業ガバナンスの透明化を重視しており、2015年に開始されたコーポレートガバナンス・コードでは、社外取締役が一人もいない上場企業は、その理由を定時株主総会で説明しなければならなくなった。この変更を受けてか、従来は社外取締役に消極的だったキヤノンやトヨタ自動車なども、相次いで社外取締役を導入した。 2018年には東証一部上場企業のうち、社外取締役を2名以上選任している企業が9割を超えた(※1)。この法改正による政府の狙いは、企業のモラルハザード解消にあるのだ。