野村萬斎が徳川家康だったら?『もしも徳川家康が総理大臣になったら』現代を生きる人々へのメッセージ
直近ではドラマ『アンチヒーロー』で主人公と対立する悪徳検事正の役で際立った演技を見せ、注目を集めた野村萬斎。最新作では日本人なら誰もが知っている歴史上の英雄、徳川家康を演じた。どんな家康像を体現するのだろう? 野村萬斎さんインタビューフォトギャラリー
■メッセージ性のある徳川家康を演じる “もしも徳川家康が総理大臣だったら”、今の日本をどのように導くのだろうか。そんな実現不可能な仮定話がスクリーンで実現した。原作は2021年に出版され、キャッチーな設定が話題となり、14万部を突破するほど大ヒットしたビジネス小説。舞台は、2020年のコロナ禍に突入した誰もが忘れることのないあの頃に、首相官邸でクラスターが発生してしまい、総理が急死という危機的な状況に陥ったところから物語は始まる。この苦境に直面した政府の決断で白羽の矢が立ったのは、徳川家康をはじめ、坂本龍馬、織田信長、豊臣秀吉などの錚々たる歴史上の偉人たち。政府は彼らをAIで復活させ、“最強ヒーロー内閣”が誕生した。野村萬斎は自身にとって人生初となる徳川家康役のオファーを受けた時、どんな心境で出演することを決めたのだろうか。 野村萬斎(以下萬斎): この映画のお話をいただいたのは、NHK大河ドラマ『どうする家康』で私が今川義元を演じていて、ちょうど家康と対峙しているときでした。しかも衣裳チームまでもが同じだったので、さすがに笑ってしまいました(笑)。 それまでに信長や秀吉の役でオファーをいただいたことはありましたが、私の性分からすると信長のほうが近いような気がしますし、しかも狐顔と言われたことがあったので、まさか狸のイメージの家康役が回ってくるなんて、思いもよらないことでした。でも、私も頻繁に映像作品に出演するわけではありませんから、機会があれば時代劇も現代劇もやりたいという思いがありました。この作品にあるすべての要素が満を持して自分に押し寄せてきたようで、そういう意味では、すぐに演じてみたいと思いました。今回の家康役は、作品内での演説も含めてメッセージ性があり、あの演説のためにある役であることも出演を決めた理由の一つです。 家康はいろいろな俳優が演じてきた役だが、そうした歴史上の人物を演じる上では、どんなことを心がけているのだろうか。 萬斎: 戦国時代に活躍した信長や秀吉は唯我独尊で、そういう人たちが凌ぎ合っているのを家康は散々目にして飽きていたと思います。物事を俯瞰したり、静観していたりするところに彼の器の大きさを感じますし、目線が行き渡っていることで冷めたところもありつつ、民を思う心もあります。自身の不幸な生い立ちも含め、どうすれば安寧の世を実現することができるかを考え、先人や歴史から学んだからこそ彼は260年もの安定政権を生み出すことができました。そういう家康という人物を明確に特徴づけなければならなかったですね。 そもそも三英傑である信長、秀吉、家康が同じ日に、同じ場所に揃うという設定は極めて珍しいことですし、大河ドラマでは3人が一緒にいるなんて、あり得ないことです。そういう場合は人物像としてはっきりさせたほうがいいですし、自分のキャラクターに合っているとも思ったので、作り込むというよりは自然にいるようにしました。ただ、原作や漫画では眼光が鋭いことが強調されていたので、それは気をつけて演じ、台詞はなくとも、じっと周りを観察しているかのごとくいることを意識していました。 出演の決め手となったという演説のシーンには、どんな工夫を凝らしたのだろう。 萬斎: 私も演説のシーンは一つの肝だと思っていました。家康の前に秀吉が高圧的な演説をしているので、それと対比するためにどういうトーンでするのかなどについて話し合いました。映像ではリハーサルを前もってすることはあまりないのですが、この場面は秀吉役の竹中直人さんと読み合わせをさせていただきました。何千人も集まった人の前での演説という想定で、私は舞台役者でもありますので、それだけ人が集まると、エネルギーが前面にわーっと出てしまいます。テンポ感など、画面上では抑えるようにして、秀吉の演説のテンションに似ないように武内英樹監督がうまく抑制してくださったと思います。最終的には浜辺美波さんが演じている記者の西村理沙が演説を聴いて涙を流すというシーンでもあるので、その家康と記者の関わりが視聴者と繋がるポイントになるのだろうと思いながら演じていました。この場面は私にとって大きな山場でした。 ■歴史での学びを“今”に生かす コロナ禍の危機を救うのが歴史上の偉人であるという設定はとても興味深いが、もし偉人を甦らせることができたら、誰を選ぶのだろうか。 萬斎: 家康は、いろんな意味で筆頭になるのではないでしょうか。もし信長や秀吉がやって来たら、すぐに戦争を始めますよね。国力を上げるためには、戦争しかないという選択をすると思うんです。家康であれば今こそ鎖国をするべきだというかもしれませんが……。でも、彼らが主導権を取るわけではなくても、彼らに学ぶべきだとは思います。歴史に学ぶということは、過去の過ちを繰り返さないために、とても重要なことなのではないでしょうか。 強烈なリーダーシップを発揮するという意味では、今回の映画に登場する偉人の皆さんが必要かもしれませんね。その場凌ぎではなく、ちゃんと引っ張ってくれる人が今の日本には必要な気もします。 とても落ち着いていて達観しているような話し方には、容姿は違えども、家康に重なるものを感じる。そんな野村萬斎もまた伝統芸能の継承者として、次世代を牽引する立場にあるが、表現者として、今最も力を入れて実践していることについても聞いた。 萬斎: 「離見の見」という言葉があるように、少し離れて演じることができたらと思います。自分にもすぐ先に還暦が見えるという状況にあるので、人間としての厚みや力任せではない何かを見せたいという思いもありつつ、力を入れていなくても入れているように見せられたらいいですね。 父を見ていて思いますが、演技に嘘がないことが重要だと思います。若い人たちには、逆にそういう嘘がないところにうまいところがある。あとは、時代劇となると多少、様式美などの技術が必要なので、それとの折り合いをどのようにつけていくかに映像の面白さがあります。今回の映画はそれがミックスされているところが、現代劇をそのままやるよりも演じやすいのかもしれません。 ■劇場でのライブ感を味わう 最後に、この映画のモチーフにもあるコロナ禍を経た今、彼自身にも何か気持ちに変化はあったのだろうか。 萬斎: 劇場から観客の足が遠のいてしまったことが残念ですね。家庭で個人的に見ることができるようになったことで産業として広がった面もありますが、劇場で大勢で見ることの良さやライブ感を味わっていただきたいです。舞台で生きている人間が演じて、生きている人間が泣いたり笑ったりすることを共有できるところに、生きている実感が感じられると思います。それが映画であっても同様で大勢で見て、周りの人が泣いたり笑ったりしていると、一人で見るのとは違ったものを感じられるので、そういう場を共有することが復活してほしいという思いがあります。 最近はコスパ、タイパと効率についての考え方が主流になっていますが、時間と空間の感覚というものを舞台芸術や映画で考えると、再生速度を速めて見てしまうのは間違っているのではないかと思います。我慢することがいいとはいいませんが、それをそのまま見るためにはどうしても必要な時間や空間があると思います。作品は情報ではありませんから、その時間を共有してこそ、初めて作品として成り立ちます。やはり劇場文化というものを私は大事にしたいので、映画もぜひ映画館でご覧いただきたいですね。 野村萬斎が演じる家康がすべてを尽くして語った演説を、ぜひ大きなスクリーンの前で聴いてみて欲しい。 野村萬斎(NOMURA MANSAI) 東京都生まれ。祖父・故六世野村万蔵、父・野村万作(人間国宝)に師事。東京芸術大学音楽学部卒業。現在の日本の文化芸術を牽引するトップランナーのひとり。狂言・能の他、新しい演劇活動にも意欲的に取り組む。最近では、TBS日曜劇場「アンチヒーロー」の演技で俳優としての存在感を示した。 BY SHION YAMASHITA
『もしも徳川家康が総理大臣になったら』 監督:武内英樹 出演:浜辺美波 赤楚衛二 GACKT 観月ありさ 竹中直人 野村萬斎