マイケル・ファスベンダーが語る、タイカ・ワイティティ監督の手腕「テレンス・マリックとの仕事を彷彿」
タイカ・ワイティティ監督が、第92回アカデミー賞脚色賞を受賞した『ジョジョ・ラビット』(19)の製作スタジオ、サーチライト・ピクチャーズと再タッグを組んだ最新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』(公開中)。本作で、鬼コーチ、トーマス・ロンゲン役を演じたマイケル・ファスベンダーが本作の撮影エピソードについて語った。 【写真を見る】LAプレミアでシックなブラウンスーツをまとったマイケル・ファスベンダー 2001年、ワールドカップ予選史上最悪の0-31という大敗を喫して以来、1ゴールも決められていない米領サモアチーム。次の予選が迫るなか、破天荒な性格でアメリカを追われたトーマス・ロンゲンがコーチに就任し、立て直しを図るが、果たして奇跡の1勝は挙げられるのか。 2014年に『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』としてドキュメンタリー映画化もされた奇跡の実話をベースに、『ソー:ラブ&サンダー』(22)などのハリウッド大作から、『ジョジョ・ラビット』などの心打つ感動作までを幅広く手掛けるワイティティの監督、脚本で映画化された本作。主演のファスベンダーほか、オスカー・ナイトリー、エリザベス・モスなど実力派俳優たちが脇を固める。 ■「作品の世界に没頭し、タイカのテクニックに身を委ねるだけでした」 本作の撮影に入る前に、俳優業をしばらく休止し、カーレースに参戦していたというファスベンダー。「レースのシーズンは4月から始まり、10月の終わりまで続きます。3週間ごとにレースをこなしていましたから、撮影を終えられる保証がなかったのです。最大でも、夏休みの4週間を確保するのがやっとで、両方を一緒にこなすのは不可能でしたから、映画や、テレビなどの撮影に入れるのは11月の初めから3月の終わりまでという限られた期間でした。この映画はたまたまその期間に撮影することができたんです」。 とはいえ、レース三昧の生活から俳優業への切り替えは容易ではないように思えるが、ファスベンダーは「どのくらい早く切り替えられたのかは覚えていませんが、タイカ(・ワイティティ)と話し始めたのは8月くらいだったでしょうか。それからドキュメンタリーを観て、脚本作りが始まりました。唯一、僕にとって準備期間が必要だと思われたのは、実在のトーマス・ロンゲンのアクセントを身につけることでした。彼はオランダ人ですから。そこで私はタイカに『オランダのアクセントはどのようにすればいいだろう?』と聞くと『そんなことは気にしなくていいです。どうせ誰も気にしないから』と言ってくれたんです」と当時を振り返る。 「撮影に入ると、即興やその場でのさまざまな試行錯誤がありましたが、台本から外れても、そのことに集中して心配する必要がなかったのは本当に助かりました。あとはひたすら、作品の世界に没頭し、タイカのテクニックに身を委ねるだけでした。というのも、現場はエネルギーに満ちあふれ、やりがいがあり、とても楽しいからです。彼は現場で、クリエイティブの塊のような存在でした。あとは周りの俳優たちとのコラボレーションが大切でしたね。撮影に入る際は常にプレッシャーはありますが、上手くやりたいですし、プロジェクトをダメにしたくありません。それも踏まえて、いつも通りにやった感じです」。 ワイティティ監督の現場についての印象を尋ねると「撮影初日に『なるほど。こうやってストーリーに取り組むのか』と思いました。監督は常にボスであり、作品は彼らのビジョンです」という感想を述べた。「彼らのリードに従って、どんな方法でストーリーを伝えようとするのかに身を委ねることが私に取っては常に大切なのです。私は彼の作品の大ファンだから、全力で取り組みました。だから初日に『よし、こうするべきだ』と自分を調整した感じです。実際、テレンス・マリック監督と一緒に仕事をした時のことを思い出しましたが、ワイティティ監督の現場ととても似ていました。とにかくやるしかなくて、セーフティネットなんてありませんでした。完全に失敗しても、立ち上がってもう一度挑戦し、違うことをやってみるのです」。 ■「私が魅了されたのは、米領サモアの人々が持つポジティブさです」 スクリーンでは、ファスベンダーが、まったく異質な世界にどっぷりと浸り、やがてその世界に魅了されていく様子が切り取られている。彼は自分があまり知らなかった文化を発見し、それらを自分の目を通して見ることで、なにか大きなものを得たに違いない。 「どのような映画であれ、ロケ地での撮影は特別なものです。その国の文化に瞬時に触れることができるのですから。観光客としてその国や場所に行くのとは違い、現地の人と一緒に仕事をするから、その場所がどこであれ、文化的な経験を直接得ることができるのです。この映画は米領サモアを舞台としてハワイで撮影されましたが、多くの俳優たちが米領サモア人でした。ですからその文化に親しみを持つことができたんです。また、ドキュメンタリーで私が魅了されたのは、米領サモアの人々が持つポジティブさです。西洋ではどうしても、成功か失敗かという概念が主流で、成功という概念が重要視されてしまいます。一方で、彼らの精神とポジティブさは、コミュニティで一緒になにかを経験することや、立ち上がってまた挑戦するといった粘り強さ、回復力から来ています。それはとても人を惹きつけるものですね」。 ■「カイマナは、まるで何年も経験してきたかのように現場に現れました」 共演のオスカー・ナイトリーやデヴィッド・フェインはとても才能のあるコメディアンでもあるが「あの2人と一緒に共演できたことはとても光栄でした。彼らはとても鋭くて頭の回転が早く、知的です。彼らは何年もコメディアンとしてやってきた経験があるので、私は彼らから学ぼうとしました。ただたいていの場合、笑わないようにと必死でした。それが、しっかりと耳を傾け、即興で演じることのおもしろさでもありましたが」。 ジャイヤ・サエルア役のカイマナとのシーンを経て、映画はよりシリアスで、父娘のような関係性へと発展していく。即興が展開の一部となるような空間に身を置くことになるが、コメディではなくよりシリアスになるシーンをどのように作り上げていったのだろうか。 「基本的には同じ原理で、お互いにしっかりと耳を傾けることです。カイマナは、まるで何年も経験してきたかのように現場に現れました。彼女の演技には、常に真実と誠実さがあります。彼女はとても正直ですし、愛嬌があり、一緒に演じやすかったです。私は彼女と一緒にシーンを演じることが好きでしたし、自分の好きなシーンのいくつかは彼女とのものです」。 今回とてもコミカルな演技で、新境地を見せているファスベンダー。「私はいつだって、少しのコメディ要素をできれば取り入れようとしています。コメディは観客の緊張をほぐすいいツールだとも思いますし。とても緊張感の高いものを演じている場合、観客が息抜きできる場面が必要ですし、そうするために私も楽しんでいます。この映画を撮ったのは、実は『Kung Fury 2』という別のコメディ作品を撮った直後でした。いつかその作品も日の目を見るといいのですが。とにかく、ふざけて楽しむのが好きですね。楽しいです」。 ファスベンダー演じる鬼コーチのぶちぎれシーンも愉快な本作。ワイティティ監督らしいユーモアと、米領サモア人ならではの温かさに心を打たれるヒューマンドラマ『ネクスト・ゴール・ウィンズ』をぜひ映画館で観戦していただきたい。 文/山崎伸子