軽自動車初のスポーツカー、スズキ「フロンテクーペ」に試乗! 2ストにビビりつつも極上のドライビングマシンでした【旧車ソムリエ】
オリジナルを多く残した希少な最初期の2シーターモデル
フロンテクーペの2シーターモデルは、デビューから約1年後の1972年10月をもってフェードアウトしてしまったことから、その生産台数はきわめて少ないとのこと。しかもこの種の大衆車の宿命ゆえに、残存台数はさらに少ない超希少車とされている。 今回の取材にあたり、クラシック/ヤングタイマー軽自動車ばかり9台も所有しているという生粋の軽エンスー、Kさんからお借りした1972年式フロンテクーペは、そんな超レアな2シーター版の1台。合わせホイールにクロームメッキのホイールキャップなど、当時さながらのディテールも残した、きわめてオリジナリティの高い最初期型である。 しかし、以前同じく「旧車ソムリエ」にて試乗させていただいた「フィアット・アバルト」たちのときにも匹敵するような緊張感を伴いながら、超絶的に低くて狭いコクピットに乗り込んだのは、そのレア度にビビっていたからだけではない。 筆者にとっての2ストローク車といえば、以前ある自動車専門誌の取材でスウェーデンのサーブ「850モンテカルロ」に手こずらされた苦い記憶があるのだが、排気量が半分にも満たないこちらのフロンテクーペは、おそらくもっとピーキーなはず。まずはスムーズな発進からして可能か否か、試乗前にはまるで自信を持てなかったのだ。 それでも取材場所に訪れたフロンテクーペを、恐怖心を抑えつつまじまじと見ると、やはりとてもスタイリッシュ。全長3m足らずのサイズとはとても思えないような、流麗さすら感じられる。ジウジアーロと鈴木自動車デザインチームの「合作」は、間違いなく魅惑的なデザインの持ち主といえよう。 そして意を決して走らせてみると、見た目の魅力に負けない、素晴らしいマイクロスポーツカーであることが判明してゆく。
弱点さえもご愛敬! 乗りこなせるなら、極上のリアルスポーツに
まずはKさんに助手席に乗っていただきつつ「コクピットドリル」を受ける。2000rpmから3000rpmでクラッチをつなぐようにという指示を受けて、それに従ってみると、発進はなんとか会得することができた。 しかし、いくら最高出力37psを標榜するとはいえ、やはり排気量356ccである。音ばかりで速さは期待できないと思いきや、広い道に出て4000rpm以上までキッチリ回せば、2速でも3速でも背中を押すような加速感を味わわせてくれる。 そして、パワーバンドを保つ走りにいくらか慣れてくると体感できるのは、超絶スムーズな回転フィールと、ちょっと油断するとすぐにレヴリミットまで吹けきってしまいそうになる、シャープな吹け上がり。くわえて、文字どおり金切り声のような「ペエエェーンッ!」というエキゾーストノートも、アクセルオフの際に聞こえてくる「ポンポンポンッ」という吹き返し音も、すべてが煽情的に感じられてしまう。 いっぽう、リアからリンケージで引っ張ってくる4速MTのシフトフィールは、予想していたよりも節度感があり正確。シンクロも強力で、シフトダウンもきれいに決まる。 また、足もとのペダルレイアウトにも不自然さはなく、足さばきに過度の緊張感を強いられることもない。国産車はこの時代から、とてもまじめに作られていたことに感動する。 ただステアリングだけは、このクルマがスポーツカーであることを猛烈に主張してくる。いつでもどこでも、まるでパワステつきかと思うほどに軽くて、「ウルトラ」の文字をつけたくなるほどにクイック。しかも、入力に対してとても正確に反応してくれるので、コーナリングではオーナーKさんの言うとおり「ゴーカートさながら」である。 もちろんRRであることも相まって、直進性は決して褒められたものではない。細身のウッド(風?)ステアリングホイールを、余計な力が伝わってしまわないように軽く握り、つねに正しい方向に走るよう神経を集中する必要がある。走行中にクシャミのひとつでもしてしまえば、車体は間違いなく横に吹っ飛びそうである。 でもそんなことさえ、この魅力あふれるスポーツカーの前では「ご愛敬」のひと言で済ませられてしまう。 撮影のために、狭い場所で何度でも切り返しを繰り返せるくらいにクルマの操作に慣れたころには、すべての取材スケジュールが終了。筆者の心中では、同行してくれたオーナーさんに無事フロンテクーペを返却することのできた安心感より、もうこのクルマにはしばらく乗る機会もないことへの寂しさが勝ってしまったのである。
武田公実
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