「心に残る1勝」4年ぶり全日本復帰の女子ボクサー濱本紗也が逆転で1回戦突破…ドーピング違反による2年出場停止のブランクを残り越えて
試合前には平常心を保てていなかった。 試合会場の隣には、広いアップスペースが用意されているが、対戦相手と同じ空間で行うため、いくら遠くにいても、その目が気になる。 気もそぞろの濱本にJBCのトレーナーライセンスを持つ志成ジムのプロトレーナーでありながら、日本ボクシング連盟の認可を得て日大の統括コーチを務めるという異色のトレーナーの藤原は、「集中ができてない!」とカミナリを落として途中で練習をストップさせた。 無理もない。全日本のリングは4年ぶりだった。 2年前の2月の定期検査でドーピングの禁止物質が検出された。利尿剤の一種。減量や他のドーピング物質の形跡を隠すために使われる物質だが、濱本にはまったく身に覚えがなかった。異議を申し立てたが、B検体検査でも黒。しかも相当量を摂取しなければ出ない数値だと説明されたという。身の潔白を晴らしたかったがスポーツ仲裁裁判所に訴えるのには多大な費用がかかり、解決までに4年から6年もかかる可能性があった。そうなるとパリ五輪は絶望的となる。受け入れればペナルティは2年。ギリギリでパリ五輪の予選に間に合う。濱本は反訴せず、2年間の出場停止処分を受け入れた。2年の間、モチベーションを保つことに苦労し、引退を考えたこともあった。 特にドーピングについては、神経質となり、前日は、宿泊近くの銭湯にいったが、一瞬入った湯舟が、漢方風呂だったことに気づき、あわてて飛び出て綺麗に洗い流した。周囲の客からは、よほどお湯が熱かったのね?と奇異な目で見られたという。 すでに10月14日の社会人選手権の予選で公式戦のリングに立っているとはいえ、全日本となると緊張感が違う。しかも、相手は優勝候補の一人。前夜は「ボクシングのことはなるべく考えないようにして」眠りについた。藤原に喝を入れられ、リングに上がった瞬間、自信と冷静さを取り戻し「やれる」と思ったという。 ――勝利の瞬間、この辛かった3年の月日を思い返しましたか? そう聞くと濱本は笑って否定した。 「いえ。テンションが上がって喜びすぎました。まだ早いんです」 決勝進出をかけた25日の次戦でシード選手の吉沢颯希(22、日体大)と対戦する。10月のアジア大会代表で、ベスト8進出を果たし、あと1勝でパリ五輪代表が内定していたパンチ力のあるファイターだ。 数年前の合宿でマスボクシングをした経験はあるが試合での対戦はない。足を使ってきた田中とは正反対のスタイルの相手だが、「対策と言えるかわからないが、やってきたことを出すだけ。自分がやるべきボクシングやれば必ず勝てます」と自分に言い聞かせるように言う。 打撃戦は噛み合うだろう。打ち合いになれば負ける気もしない。 「先を見ずに1戦、1戦戦うだけです。パリ五輪のこと。フェザー級は引退した入江選手が金メダリストを獲得した階級であること。今は、それらのすべてを頭の片隅に置いているだけです」 濱本は気持ちを切り替えた。 心に残る感動の勝利にはまだ続きがある。 (文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)
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