道東で心も体も癒やされる絶景サウナ体験
【この人に聞きました】THE GEEK 代表 達川慶輔さん
北海道・釧路駅からJR釧網線で30分、釧路湿原を望む塘路(とうろ)駅(標茶町)のすぐ前にたたずむゲストハウス「THE GEEK(ギーク)」を経営する達川慶輔さん(31)は「厳冬期の湿原が一番好き」と言う。凍てつく朝、蛇行する川や沼から湧き立つ蒸気が深い霧となって、雪に覆われたヨシやスゲの群生を包み込む。朝日が差し込み、きらきらと輝くケアラシの光景は幻想的だ。 ギークはオタクと訳されるが、「好きなことを追求する人」と達川さんは言う。「そんな大人たちが出会い、気軽に集える場を作りたい」と思ったのは、米国の大学に留学していた頃のことだ。バックパッカーの旅でポートランド(オレゴン州)のエースホテルに立ち寄った時、現地の人に声をかけられ、一緒に飲み明かした。年齢も、人種も、国籍も、性別の壁もない。そんな雰囲気が心地よく、「人と人とをつなぐフラットな空間づくり」が、彼の夢になった。 大学卒業後、IT企業に就職したが、5年で退職。自分の居場所を探し求めていた頃、塘路を訪れ、感動的な光景に遭遇した。煙を上げながら雪原を疾走するSL列車。遠くではエゾシカが餌をついばみ、タンチョウヅルの夫婦が踊っている。空にはオジロワシが舞い、湿原は命に溢れていた。「ここなら夢が叶う」と感じたのは、高校時代を過ごしたスイスに似ていたからかもしれない。横浜育ち、28歳の達川さんは移住を決意し、2020年9月、ゲストハウスをオープンした。 緑の外観が瀟洒な宿はこだわりに満ちている。クラウドファンディングでこしらえたサウナは、薪で熱した石に水をかけてスチームを発生させるフィンランド式。ストーブはSLの機関室を模し、扉の取っ手は本物のブレーキハンドル、“車窓”の向こうには雄大な景色が広がっている。 物音ひとつしない湿原にひとり向き合えば、心も体も癒やされる。そこに出会いがあり、「また来よう」と思えたなら、人生は豊かになる。ギークはこだわりの旅である。 文・三沢明彦
【この人に会いに行くには】 日本最大の釧路湿原は東西25キロ、南北36キロ、水鳥の生息地を守るラムサール条約湿地の日本第1号に登録された。JR釧網線釧路駅~標茶駅間を走る「SL冬の湿原号」は、北海道で運行する唯一のSL列車、1月から3月までの冬季限定。 日帰りや宿泊で機関車を模したサウナと道東の絶景が楽しめるプランは、旅行会社ベルトラのホームページ「日本を紐とく旅」で。 ※「旅行読売」2024年1月号より