スペインで体験した久しぶりの感覚、未来への願い 宇賀なつみがつづる旅
【連載】宇賀なつみ わたしには旅をさせよ
フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。今回はスペインの首都マドリードと、中世の古都トレドへの旅です。
「平和な午後 マドリード」
到着が2時間遅れてしまった。 空港の外に出ると、風が冷たい。 焦る気持ちを抑えて、迎えの車に乗り込んだ。 イベリア航空が4年半ぶりに直行便を復活させたということで、 マドリードにロケにいくことになった。 バルセロナやバスク地方には訪れたことがあるけれど、 スペインの首都マドリードは、初めてだった。 ホテルについて荷物を預けると、すぐに街に出る。 時刻はすでに23時半。 人通りはまばらで、開いている店も少なかった。 10分ほど歩いて辿り着いた目当てのバルは、まだ電気がついていた。 0時半までならと言われ、他に客のいない店内に通される。 ようやく皆で乾杯することができた。 生ハムや青唐辛子、名物のマッシュルームをつまみながらの決起集会。 スペインにやってきた実感が、少しずつわいてきた。 ワインは2本空けただろうか。 途中から客が増え始めて、結局1時を過ぎて会計を済ませる頃になっても、 店が閉まる気配はなかった。 翌朝は、車で1時間ほど走ったところにある古都トレドに向かった。 中世の約1000年間、イベリア半島の中心都市として栄え、 イスラム教やユダヤ教、キリスト教など、 異なる宗教の信者が長く共存していた場所だという。 確かにいわれてみると、それぞれの文化が融合した独特の雰囲気があった。 細い道がクネクネと続いているかと思うと、急に広場に出る。 また更に細い坂道を進むと、小さな土産物屋があり、 そこですみれのキャンディを買った。 その時にはもう、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。 久しぶりの感覚だった。 最短最速のルートを検索することに慣れてしまい、 道に迷うことがすっかりなくなってしまった。 便利になった一方で、もしかしたら、 大切なものを見落としているのかもしれない。 貴族の家などを改修してホテルにしたパラドールで、ランチをした。 ついさっきまで歩き回っていた旧市街を眺めながら、 中世から変わらない景色が残っていることに、 感謝しなければいけないと思った。 マドリードに戻ると、美術館を巡った。 20世紀の近現代美術を中心に展示している、 ソフィア王妃芸術センターでは、 病院を改築したという静かな建物の中で、 ピカソやミロ、ダリの作品をたっぷり鑑賞することができた。 中でも、かの有名な「ゲルニカ」の前では、 かなり長い時間立ち止まっていたと思う。 1937年4月、スペインのゲルニカは、 ドイツ空軍によって世界初とも言われる無差別爆撃を受けた。 新聞でそのことを知ったピカソが、パリ万博で展示する壁画の主題に選び、 たった1ヶ月で描き上げたのがこの作品だという。 想像以上に大きく、暗く、重たい。 それでも、祖国への愛や希望も感じられた。 苦しい気持ちになりながらも、 メッセージをきちんと受け取らなければいけないと、じっと動かずにいた。 過去から学ばなければいけないのに、 21世紀になった今でも、争うことをやめられない私たち人間は、 これからどんな運命を辿るのだろう。 この地球は、世界は、誰のものでもないはずなのに、 どうして奪い合いが続いてしまうのだろう。 なんだか疲れてしまって、中庭の芝生に寝転がってみた。 落ち葉が擦れる音がして、草の匂いがして、青い空が見えた。 遠くで誰かが話している声が聞こえる。 とても平和な午後だった。 22世紀に「ゲルニカ」を観た人は、何を思うのだろうか。 どうか今より、明るい世界であって欲しいと思った。 (文・写真 宇賀なつみ / 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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