<春に挑む・’22センバツ大分舞鶴>番外編 「考える野球」一定の成果 敗戦を糧に飛躍を期待 /大分
第94回選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)に21世紀枠で初出場した大分舞鶴は優勝経験のある浦和学院(埼玉)に敗れた。念願の甲子園初勝利とはならなかったが、選手主体の「考える野球」は実を結んだようだった。夏場にかけていかに発展させるかが今後の課題のように感じた。 私が本格的に選手たちの取材を始めたのはセンバツ決定後だった。文武両道を掲げる同高は、学業もおろそかにできない。平日の練習は2時間、休日は4時間までと徹底していた。 練習内容は河室聖司監督が一方的に指示するのではなく、選手の考えを聞いた甲斐京司朗主将(3年)が昼休みなどを使って、監督と相談して決めた。34人の部員は3班に分かれ、分刻みで時間を無駄にしないよう練習した。主将の不在時には選手同士でプレーの善しあしについて声をかけ合っていた。 九州地区大会の1回戦で大島(鹿児島)に敗れた後、相手の大野稼頭央投手(3年)の投球に刺激を受けて、下半身を強化するトレーニングに力を入れたのがエースの奥本翼投手(3年)だった。 センバツは、超攻撃型野球を目指す浦和学院に4点を奪われてしまったものの、緩急のある投球で、七回までに強力打線から9奪三振を奪った。奥本投手は試合後の取材に「冷静に思ったところに投げられ、自信がついた。変化球はもっと改善したい」と振り返った。 攻守にわたり、チームを鼓舞した甲斐主将は、浦和学院のエース宮城誇南(こなん)投手(3年)の速球に備えるため、打撃フォームを見直し、コンパクトなスイングを心掛けた。安打こそならなかったが、試合に出場して大きな声を出しチームを引っ張った。堅守が光った後藤駿太選手(2年)ら他の選手たちも甲子園の雰囲気にのみこまれることなく、堂々とプレーしていた。 選手たちはセンバツでの敗北に悔しさをにじませつつも冷静に自分たちの課題を見つめ直しているように感じた。甲斐主将は「相手投手の球に力負けをしていた。しっかり打撃力をつけたい」と語り、夏の甲子園に戻ることを誓った。 夏の大会まで残された時間はあまりないと思う。センバツで見えた課題を選手たちがどう克服して臨むのか、大分舞鶴の「考える野球」を今後も注目したい。【辻本知大】