両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.33
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
亜範
本連載の柱のひとつである本間学とビレイ牧師の出会いは、本間が主宰する亜範の活動がもたらした出来事だ。では、亜範(あはん)――米国における非営利団体としての登録は AHAN――とは何か。 きっかけは、2001年の911同時多発テロだった。これまで記してきた通り、本間は植芝盛平と合気道によって人生の端緒を掴み、米軍とアメリカによって幸福と社会的成功を得た。差別や貧富の差など問題は数あるが、それでも、長きにわたって、本間はアメリカという社会、国際政治におけるアメリカという政治的存在に一定の信頼を置いてきたのだった。けれど、911同時多発テロはその感情の平穏に決定的な亀裂を入れた。 亜範とは「アジア的な価値観に基づいて、世界に範を示す」という、本間の新たな目標を表す言葉だ。本間は、主としてアメリカ国内でおこなってきた人道支援事業を世界各国に広げることを決めた。それが可能だったのは、合気道の弟子として本間に指導を受け、免状を授かった者たちが、世界各地に散らばっていたからだった。