『光る君へ』吉高由里子×柄本佑による極上の第42回を考察 まひろの“本当の物語”が始まる
第42回は作家・紫式部(吉高由里子)の心の「空白」の回
実際次の場面で彼女はいつも道長を想い見つめていた月を眺めながら、冒頭に前述した光君の最後の言葉を思う。やがてその月は雲に隠れることから、まひろがその時、『雲隠』までの執筆を終えたことが暗示される。そしてその次の場面で、書き終えた『雲隠』を目にした道長が体調を崩す。それからのまひろは、書く気力を失っている。賢子(南沙良)に「書かない母上は、母上でないみたい」と言われるように。「『源氏の物語』は終わったの」「この世に私の役目はもうない」のだから出家しようかと思ったり、道長に「この川で2人流されてみません?」と誘ったりする。 だから、第42回は作家・紫式部の心の「空白」の回である。そして道長の何よりの「罪」とは、自分がまひろに誓った約束は絶対に忘れないのに、共に並走していたはずのまひろの志の存在を忘れたかのような言動を繰り返したことだ。第41・42回ともに道長はまひろに「すべてはお前との約束のため」だと何度も言う。でも、道長がまひろと「約束」をしたその時に、まひろもまた「私は私らしく自分の生まれてきた意味を探す」と約束していたのである(第12回)。そしてその生まれてきた意味こそが「物語を書くこと」であり、道長の依頼から始まった『源氏物語』の執筆だった。 宇治で静養する道長の元に現れたまひろが「私との約束はお忘れくださいませ」と言う場面はどこか、道長にかけられた呪いを解きに現れたかのようだった。「お前との約束を忘れれば俺の命は終わる」と返す道長と「物語も終わりましたし、皇太后様も強くたくましくなられました。この世に私の役目はもうありませぬ」と言うまひろはやはり同じだ。共に誓った約束のためにそれぞれの道を突き進んできたソウルメイト。 どちらかがどちらかを政のために利用するのではなく、完全に対等な関係を取り戻した2人は、互いの約束を胸にそれぞれの道を歩みはじめる。道長は政で。まひろは新たな物語を書くことで。一度目的を失ったまひろは「光る君」も「あの光り輝くお姿を受け継ぎなさることのできる方」もいない新たな物語を書きはじめる。「誰かのために書いていた物語」が死んだ後は、「本当に自分が書きたかった物語」だけが残るのだと私は思う。もしかしたら、まひろの本当の物語はこれから始まるのかもしれない。
藤原奈緒