東家千春さん、東家志乃ぶさん ごひいき願います!
デジタル時代だが、落語がブームです。講談・神田伯山や浪曲・玉川奈々福の活躍もあり演芸も元気がいい。チケット入手が困難な人気者も相当数います。この勢いに続けと、若手でも有望な芸人さんが多く登場してきました。彼らに注目しているひとり、落語・演芸を長く追い続ける演芸写真家・橘蓮二が、毎回オススメの「期待の新星たち」を撮り下ろし写真とともにご紹介いたします。 【全ての画像】東家千春、東家志乃ぶの写真ほか(全14枚)
「自由な風に乗って」──東家千春
その端正な立ち姿から滑らかにスッと語り出す快活で親しみ易い浪曲は力任せではない馴染むように観客の想いと溶け合う自然で温かな一体感がある。近年、次々と現れる新鋭の台頭と大看板の至芸。そして人気師匠の充実した舞台で活況を呈する浪曲界に於いて昨秋に待望の年季明けを果たした注目の若手浪曲師・東家千春さん。高座に臨むためのモットーはズバリ“楽しむ気持ち”。そこには演者はもちろん、お客さまや曲師の師匠、さらにスタッフも含めそこに集い関わる全ての人たちが共有できる幸せな空間を作りたいと願う強い気持ちが込められている。 大学在学中から劇団に所属し数多くの舞台を踏み長く俳優として生きてきた。約10年の役者生活の後はナンセンスな笑いが生み出す不条理な世界を描くコントユニットを結成し活動していた。しかし4年ほどで解散、その後暫くは未体験だった様々な表現の見聞を広げていく中で後に師匠となる五代目東家三楽先生が主宰していたカルチャー教室で浪曲と出会った。 2018年8月入門。元々は自由に笑いを作ることを信条に歩んできたゆえに細部まで決め事に溢れる前座期間中は心身共にハードな毎日だったと振り返るが、同時にその厳しい修業があったからこそ土台となる基礎が固められたことも実感している。どんなジャンルもセンスだけではどうにもならない。自身の感性を活かすヒントは飽くことのない反復の中に存在している。千春さんは、修業を経てそれまで感じていた芝居に於ける身体表現と浪曲表現の違いがより明確になったという。それは演劇では五感のうちでも真っ先に届く視覚的要素が強いこと。役柄と演者の実年齢との差や小説など元は文章表現の実写化で感じるイメージの違い、所謂“身体が乗る”ことからは逃れられない。しかし落語・講談・浪曲といった話芸では動きを表現する所作は上半身のみと限定されている。つまり省略されているからこそ聴き手の想像力でキャラクターを自在に描くことができる。役者時代は憑依型ではなく何役も演じ分ける“自分を残す”タイプであったことが浪曲の地の喋りと語り分けに役立ち、さらにコンビで作る世界が好きだったところも曲師とのセッションで作る浪曲は相性が抜群である。緊張よりも毎日高座に上がることが楽しくて仕方がないと目を輝かせる東家千春さんの浪曲にはいつも自由な風が吹いている。今日も風に乗って千春さんの笑顔が客席一杯に広がっていく。