児玉美月の「2023年 年間ベスト映画TOP10」 「観る」だけには留まらない映画体験
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2023年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2023年に日本で公開された(Netflixオリジナルなど配信映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第11回の選者は、映画執筆家の児玉美月。(編集部) 【写真】2位に選出された『あしたの少女』 1. 『青いカフタンの仕立て屋』 2. 『あしたの少女』 3. 『サントメール ある被告』 4. 『私がやりました』 5. 『aftersun/アフターサン』 6. 『CLOSE/クロース』 7. 『パトリシア・ハイスミスに恋して』 8. 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』 9. 『ザ・ホエール』 10. 『コンパートメントNo.6』 今年のベスト映画として、何らかのクィア性を含む作品を中心に10本を選出した。まず私にとって、2023年はマリヤム・トゥザニ監督による『青いカフタンの仕立て屋』の年だったといっていい。ゲイ男性とその妻、そしてそこに加わる新たな男性という三角関係を描くプロットは、これまでも数々の映画で変奏されてきた。しかしながら誰かが犠牲になったり抑圧されたりせずに着地させるのがきわめて難しい三角関係でもあった。それをトゥザニは、まさに繊細に糸を一本一本織るようにして美しく高次元で昇華させたのだった。仕立て屋を舞台にしているだけあって、手作業が幾度も接写によって映し出され、クィア映画であるとともに触覚の映画でもあった。『青いカフタンの仕立て屋』は、「観る」だけには留まらない映画体験を与えてくれる。 『私の少女』から実に8年ぶりにスクリーンへと帰ってきたチョン・ジュリ監督による『あしたの少女』は、レズビアンの警官と少女の交流を描いた前作をまさに引き継ぐ作品でもあった。本作の基になったのは、2017年に高校生がコールセンターで働きはじめてわずか3カ月後に自殺してしまった韓国の実在の事件。その後2021年にも再び現場実習生が死亡する事件が起き、『あしたの少女』公開時に業者側の責務を強化する「職業教育訓練促進法」の改正案が「次のソヒ防止法」と名付けられて可決に至った。『あしたの少女』はひとりの少女の小さな物語から、次第に社会構造とシステムの問題へと拡大されてゆく。一本の映画では解決できない大きな問題がそこにはあるが、そうして現実の就労に関わる法制度を一歩改善させた『あしたの少女』は、映画と社会の繋がりを考える上でも希望がある。 『サントメール ある被告』も実在の事件から着想を得ている。2015年、ル・モンド紙にベビーカーをひくセネガル人女性の姿を捉えた写真が掲載された。自身もセネガル系フランス人で女性である監督のアリス・ディオップはすぐ写真に心奪われ、そのセネガル人女性が産んだ赤子を海辺に置き去りにして死なせてしまった事実を知る。実際の裁判記録がそのまま映画に取り入れられて進む『サントメール』は、これまでまったく観たことのない異質な法廷劇を描く。日本でも幼い我が子を死なせてしまった母親が罪に問われる報道がたびたび話題にのぼるが、映画は果たして母親ばかり責任を追及されるのが正当なのかを問いに付す。セリーヌ・シアマが「これは私たちの時代の“ジャンヌ・ディエルマン”」と賛辞を贈ったように、次世代を担ってゆくに違いない新たな映画作家の誕生を惜しみなく言祝ぎたい。 以上、今年を代表する揺るぎない3本に、ほかには#MeTooムーブメントに連なる作品として、リストにはフランソワ・オゾン監督による『私がやりました』とサラ・ポーリー監督による『ウーマン・トーキング 私たちの選択』を挙げたものの、もちろんハリウッドの有名プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの性暴行を告発した女性記者の回顧録を下地に映像化された『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』や映画プロデューサーを夢見てエンターテインメント企業に就職した若い女性の一日の労働を淡々と追う『アシスタント』もまた重要作として見逃せない。オゾン流のケレン味が利いた『私がやりました』は#MeTooの扱い方に賛否こそあるかもしれないが、性暴力における二次加害のメカニズムに焦点化した『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』と併せて、フランスのフェミニズム映画の豊かさを感じさせる。ここに挙げた映画はすべてアプローチも形式も異なり、一括りで#MeTooとはいえ多様な作品があったのがこの2023年だった。 長編映画デビュー作『Girl/ガール』から注目しているルーカス・ドン監督の新作『CLOSE/クロース』は、13歳のレオとレミという少年同士を通して、親密な二者間の関係がつねに性的なまなざしに晒され、単純な恋愛の枠組みによって捉えられてしまう暴力性を炙り出す。『CLOSE/クロース』には、恋愛または性愛に限らないさまざまな親密性が模索される2020年代というまさにいまの時代のムードがあったといえるだろう。その意味では、同性である女性の恋人と行くはずだったペトログリフ(岩面彫刻)を見る旅に出るため寝台列車に乗り込む『コンパートメントNo.6』もまた、名指せない関係性を描いていた。すでに持っている言語では到底語り切れないような人と人の関係性が今後もますます描かれ、表現がつねに言語を超えてゆく映画を、これからも観ていきたい。
児玉美月