キーワードは“恋愛”よりも“どう生きるか” 2023年ドラマ評論家座談会【前編】
木俣冬が選んだ作品
『大奥』 『だが、情熱はある』 『時をかけるな、恋人たち』 『◯◯のスマホ』シリーズ 『犬神家の一族』 木俣冬(以下、木俣):今年1年を俯瞰して思うのは、コロナがようやく落ち着いたことですね。 この2年ぐらいドラマの現場はコロナの影響でいろいろなことが思うようにできなくて、止まってしまった企画も多く、映像の作り手のみなさんは非常に悩まれたと思うんですよ。それが今年になってコロナ禍がとりあえず明けたみたいな感じになってきた。同時に昨年ぐらいから作り手の方もコロナ禍での撮影に慣れて、作品作りの新しいやり方が見えてきたのかなと感じがしました。もう一つはコロナ禍に感じた「これから、どうしたらいいんだ」という葛藤が作品づくりにも生かされ始めた。コロナ禍における製作体制と作品作りにおけるテーマの2点において、テレビドラマが変わりつつあるのかなぁと感じました。その気持ちが一番強く作品に表れていたのが『大奥』(NHK総合)だったのではないかと思います。よしながふみさんの原作漫画は男女逆転した江戸時代を描いた先鋭的なSF漫画だったのですが、ドラマ版は原作を丁寧に作っていて、とても観やすいものに仕上がっていた。漫画ファンの間では不朽の名作として知られていましたが、ドラマを観て、こんなに素晴らしい漫画があったのかと知った方も多かったのではないかと思います。ドラマ版はseason1とseason2に分けて放送されて、season1は、男たちの代わりになった女性の哀しみと、すこし色っぽい恋愛ドラマとして話題になったのですが、season2で疫病の克服と、男と女がそれぞれ自立する物語を描いているのを観て、これがやりたかったんだなぁと納得しました。250年あまりある徳川幕府の歴史を描いていて、大河ドラマに匹敵する壮大なスケールの物語を見せてくれたという意味では『VIVANT』と並ぶ、今年を代表する作品だったと思います。『だが、情熱はある』(日本テレビ系)は、オードリーの若林正恭さんと南海キャンディーズの山里亮太さんのエッセイを下敷きにしたお笑い芸人のドラマですが、暗い青春ドラマでもあって。このドラマは日曜22時30分からの放送で『日曜の夜ぐらいは...』と時間帯が重なっていて。『だが、情熱はある』のプロデューサーの河野英裕さんと岡田惠和さんは『銭ゲバ』(日本テレビ系)や『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)を一緒に作られてきたコンビで、その2人が違うドラマで対決することになったことにも、どこか苦い青春を感じました。 成馬:毎話のタイトルが疑問系なのは『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)のオマージュだと思うんですよね。物語も暗い青春時代から始まるので、どこか『ふぞろいの林檎たち』を思わせる作品でした。山田さんが亡くなった2023年に、岡田さんと河野さんが同じ時間帯に山田太一ドラマのオマージュをやっていたのは、今考えると数奇な巡り合わせですよね。 木俣:どちらも素晴らしい作品でしたが、『だが、情熱はある』を選んだのは「ものづくり」をしている人たちのドラマが大好きだから。芸人として自分たちのお笑いを追求する主人公の姿と、このドラマを型にしようと頑張っている作り手の気持ちがシンクロしていて、特に若林さんを演じた髙橋海人さんと山里さんを演じた森本慎太郎さんを中心とした若い俳優の演技がとても素晴らしかった。 成馬:劇中の漫才も本人がやっていたのがすごかったですよね。 木俣:徐々に役に本人が近づいてくるところに、芸人たちの自分たちの芸が高まっていくみたいなことが重なり合ったような気がして、そのドキュメンタリー性が新しかったと思います。苦い青春ドラマの枠組みの中で、表現としていろいろなことにトライしていたのが素敵だなと思いました。『時をかけるな、恋人たち』(カンテレ・フジテレビ系)も、とても挑戦的な作品だったと思います。最近、時間を題材にしたSFドラマが流行ってますけど、脚本の上田誠さんはご自身が主宰する劇団「ヨーロッパ企画」でSF的アイデアを取り入れた作品をこれまでずっと作り続けてきた方なので、タイムトラベルというアイデアをドラマの中に綺麗に取り入れていて、すごくセンスの良いレベルの高い作品だったと思います。 近いことをやっているのがNHKの『スマホ』シリーズですよね。今年は『信長のスマホ』『秀吉のスマホ』『家康と三成のスマホ』の3本が放送されました。「歴史上の人物がスマホを使っていたらどうなるのか?」というワンアイデアで作られた1話5分のショートドラマなんですけど、最大の魅力が“アイデア”なんですよね。『大奥』もそうでしたが、SFで言われる「センス・オブ・ワンダー」のあるドラマが増えているのは嬉しかったです。また、NHKはこれまで『金田一』シリーズを吉田照幸さんの演出で作り続け、今年は満を持して『犬神家の一族』(NHK BSプレミアム)が制作されました。吉岡秀隆さんが演じる金田一耕助の解釈が新しくて。何度も擦られた横溝正史のミステリー小説の世界を現代的なものにアップデートしていたのが面白かったです。