「本当に厳しい言葉を…」FC町田ゼルビア、昌子源の「声」がもたらす刺激。偉大な“2人の主将”に追いつくために【コラム】
明治安田J1リーグ第9節、FC東京対FC町田ゼルビアが21日に行われた。連敗を避けなければいけない状況で迎えたこの一戦で町田は、相手に攻め込まれる時間帯もあったものの耐え抜き、敵地で2-1の勝利を奪っている。首位に返り咲く上で、主将・昌子源の存在は重要なものとなった。(取材・文:元川悦子) 【動画】FC東京対FC町田ゼルビア ハイライト
●「常に『自分が出ていたら…』と思っている」 今季J1初参戦ながら、開幕から快進撃を見せ、首位を走ってきたFC町田ゼルビア。青森山田高校からJリーグに転身して2年目の黒田剛監督が徹底追求してきた「勝負の際(キワ)の部分」へのこだわりは凄まじく、鹿島アントラーズや川崎フロンターレといった幾度となくタイトルを経験してきたクラブも撃破している。 だが、似たスタイルを追求する昨季王者・ヴィッセル神戸戦と対峙した4月13日の第8節は惜しくも1-2で敗戦。首位陥落を余儀なくされ、チーム立て直しが求められていた。 こうした中、町田は17日のYBCルヴァンカップ・ギラヴァンツ北九州戦を消化。指揮官はここまで出番の少なかった面々を主に起用し、戦力底上げを図ると同時に2-1で勝利。キャプテン・昌子源も久しぶりの先発フル出場を果たし、チームの機運を高めようと試みた。 「神戸戦は残念ながらピッチに立てなくて、敗戦を見届けることになって悔しかった。『自分が出てたら、もしかしたら…』っていうのは常に思ってるので。その中で、ルヴァンでチャンスもらった。キャンプでは僕とイボ(ドレシェヴィッチ)がずっと出てたんですけど、監督からは『キャンプの時のように絶対的な存在感をまずしっかり見せてほしい。若い選手や普段試合に出てない選手中心で行くけど、そこでしっかりリーダーシップ張ってくれ』と言っていただいて、自分でもそこに集中したんです」と本人も言う。 そのパフォーマンスを黒田監督も高く評価。21日のJ1・FC東京戦で昌子や谷晃生、宇野禅斗、望月ヘンリー海輝、高橋大悟といった面々をスタメンに抜擢。新たな戦力にチーム活性化と勝利という結果を託したのだ。 ●勝ち越しを生んだ昌子源の声かけ 町田は守備強度を前面に押し出し、奪ったらシンプルにタテに出し、長身FWオ・セフンを狙うという普段通りの戦いからスタートした。そして開始14分に得意のリスタートから幸先のいい先制点を奪う。仙頭啓矢の左CKをファーサイドで右足ボレーで合わせたのが、かつてFC東京でプレーしていたナ・サンホ。「デザインされたプレーから点が取れた」と黒田監督もしてやったりの表情を浮かべた。 しかし、直後の21分、バングーナガンデ佳史扶の蹴ったボールが不運にもペナルティエリア内でドレシェヴィッチの手に当たり、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)でハンドと判定。PKが与えられた。これを小柏剛が蹴り、守護神・谷が反応したものの、右ポストに当たってゴール。瞬く間に1-1に追いつかれてしまった。 そこでキャプテン・昌子はチームを統率すべく、的確な声かけで士気を高めた。 「ルヴァンもそうだけど、1-1になっただけ。僕らのプランとしては、もちろんゼロが理想ですけど、ビハインドを追いかけているわけじゃない。『もう1回、0-0から行こう。点を取りに行けば大丈夫だ』とみんなに話をしたんです」と今季J1初先発を果たした31歳のベテランDFは気合を入れ直したという。 前向きなアクションがプラスに働いたのか、4分後にスーパープレーが飛び出す。ドレシェヴィッチのロングパスに右サイドバック(SB)の望月が反応。タッチラインギリギリのところで追いつき、折り返すことに成功したのだ。次の瞬間、ゴール前に飛び込んだのがオ・セフン。打点の高いヘッドが決まり、町田はすぐさまスコアを2-1にしたのである。 「同点に追いついた数分後にロングボール1本で失点するのはあってはならないこと。町田がロングボールを蹴ってくるのは分かっていた話。自分自身、あそこで結構メンタル的に落ちたし、勝負の別れ際をもっと全員が把握しなきゃいけない。今日はチーム全体に緩さがあった」とFC東京の遠藤渓太も反省しきりだった。ちょっとした隙を確実に突いてくるのが、今季の町田の老獪さなのだろう。 ●「真っ先にイメージしたのが偉大な先輩2人」 「三笘(薫=ブライトン)の1ミリ」ならぬ、「望月の1ミリ」で大仕事を見せた望月は、192cmの長身で爆発的なスピードと跳躍力を備えた若手。しかしながら、メンタル的に少し優しすぎるところが課題と言われる。それを昌子は近くで見て感じ、練習からあえて厳しい言葉で鼓舞したようだ。 「あいつは返事1つで『ええやつやん』ってすぐ分かる(笑)。だけど、あえて根性叩き直そうと思って、常日頃から本当に厳しい言葉をかけてます。それでもめげずにやっている。これでまた一層、伸びると思います」とキャプテンも太鼓判を押した。 こうやってチーム内でいい刺激を与え合えるところも、今季の町田の強さの秘訣なのかもしれない。 前半を2-1で折り返し、迎えた後半。FC東京は攻撃のギアを上げ、巻き返しを図ってきた。町田はシュートチャンスを作れず、防戦一方の状況を強いられたが、リーダー・昌子を中心に次々と跳ね返し、ゴールを割らせなかった。いったん自陣に引いて守ると決めた時の守備ブロックの固さは折り紙付き。それを45分間継続し、タイムアップの笛。町田は平河悠や藤尾翔太、柴戸海といった主力級不在の中、大きな1勝を挙げ、首位に返り咲くことに成功したのだ。 黒田監督は「『連敗だけは絶対にしない』を合言葉にしている」と強調したが、それはチーム全体に確実に浸透している。昌子も「連敗したらすぐ真ん中に下がるし、あっという間に2ケタ順位、降格圏に行く。崖から転がったら止まらないって試合後のミーティングでも監督が言っていた。そういう危機感は全員が持っています」と神妙な面持ちで語っていた。 下から這い上がってきたチームだからこそ、下に落ちる怖さを知っている。そこはJ1が当たり前のチームにはないマインドだ。鹿島アントラーズやガンバ大阪で長くプレーした昌子も原点回帰を図るうえで最高の環境と言っていい。今は鹿島で貪欲にレギュラーを取りに行っていた若き日を思い出しながら、チャレンジャー精神を強く押し出せているようだ。 だからこそ、当時のキャプテンだった小笠原満男(鹿島アカデミー・アドバイザー)や日本代表入りした頃の主将・長谷部誠(フランクフルト)の一挙手一投足がつねに頭に浮かぶのだろう。 「今年初めにキャプテンに就任した時に真っ先にイメージしたのが偉大な先輩2人。彼らには絶対になれないけど、いいところは極力真似したい。特に長谷部さんはつねに高水準でプレーできるし、波がない。サッカー選手ってそれが案外、一番難しいと思います。ピッチコンディションとか嫌な相手、パワー系とかスピード系の相手とかで変わってくるけど、ずっと安定してる。それを40歳までやってるわけだから、ホントに凄いですよ」 31歳の昌子も長谷部の領域を目指したいところ。FC東京戦の今季J1初先発と勝利、首位奪還は大きな布石になったのではないか。今後、チャン・ミンギュらとの競争も熾烈になるだろうが、ここからが本当の戦いだ。昨季鹿島で試合に出られなかった不完全燃焼感を払拭するためにも、コンスタントに試合出場を重ね、存在感を高めていくこと。それは町田の背番号3に課されたタスクだ。 (取材・文:元川悦子)
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