便利な一方課題も多い…日本はホントに導入するの? ”先進国”タイで見た「ライドシェア」の光と影
菅義偉元首相(74)が提唱して以降、大物政治家や業界団体を巻き込んで議論が続いている「ライドシェア」の解禁。全国的なタクシー不足を背景に、今国会であらためて岸田文雄首相(66)が「検討したい」と述べたことで、導入に向けた動きが加速している。 【写真】すごい…! 進化するタイのライドシェア「便利すぎる」利用画面とは… ライドシェアとは、一般のドライバーが有料で人を目的地まで乗せることを指す。米「Uber」と中国の「DiDi」が世界の2強だが、東南アジアではマレーシア発の「Grab」が圧倒的なシェアを占めており、後発のアプリも含めて、もはや旅行者や駐在委員、現地の人々の生活にとってライドシェアはなくてはならない存在となっている。 なかでも“ライドシェア先進国”と言われるタイでは、ライドシェアは既存の交通インフラと見事に“共存”しており、「Grab」の勢いが強すぎて「Uber」が撤退する事態となっている。世界中でライドシェアを利用してきた筆者が、ライドシェア先進国の実態をレポートしよう。 かつて英BBCに「渋滞が深刻な都市・世界一」という不名誉な称号を与えられたバンコクはBTS、MRTを中心に4つの電車が街を走り、運行本数も日本の大都市と大差ない。近距離だと30バーツ(約120円)ほどで利用可能なバイクタクシーやトゥクトゥク、路線バスと、かなり交通の選択肢は広い。コロナ前は8万台を超えていると言われたタクシーは、初乗りで35バーツ(約140円)からと格安だ。そんななか、なぜライドシェアが拡大したのか。 バンコクに5年以上住む日本人経営者がこう話す。 「渋滞が酷すぎて、タクシーだと想定以上に高くなる可能性がある、というのがひとつ。ライドシェアだと、金額が固定されているので安心して利用できる。もうひとつが利便性です。アプリ1つで配車手続きができる。駐在員や移住者など、日系社会の人達と話していると“移動はほとんどライドシェア”という方が大半です。チップもこちらのさじ加減でいいので、近年は旅行者にも浸透しています。 タイは東南アジアの中では比較的タクシーを安全に利用できる国ですが、それでも乗車拒否されたり、メーターを利用せずに料金をふっかけられたり、目的地にたどり着かないといったトラブルが絶えない。その一方で、ライドシェアが爆発的に増えたから交通渋滞がひどくなっているという指摘もありますが……」 実際、筆者がバンコクで「Grab」を利用してみたところ、目的地を入力するだけで、実に10以上の選択肢が提示された。しかも、バイクタクシーや女性専用車、プレミアムカーやタクシー、ペット可能車、VIPカーにVanと、かなり細かい車種指定ができる。ユーザーにとって選択肢の幅がかなり広く、それをボタン1つで簡単に選べるのだ。料金はタクシーよりも割高に感じるが、それでも多くの人々に選ばれる理由は何か。Grabのドライバーに聞いたところ、こんな答えが返ってきた。 「’18年頃から爆発的にドライバーが増えて、ピックアップまでの時間が短くなった。車も以前よりグレードアップしていますね。外国人だけではなく、タイ人の利用もかなり多いです。ただ、『Grab』がシェアを増やしすぎたことで料金が高くなりすぎた感じはある。今は『Bolt』という格安配車アプリがシェアを伸ばしており、2つのアプリが争っている状況。1日の売上げは、だいたい1500バーツ(約6000円)から、2000バーツ(約8000円)ほど。渋滞が多いバンコクでは、どうしても乗車回数が限定されるので、そこがライドシェアのネックといえばネックですかね」 バンコクからバスで2時間ほどの距離にあるパタヤビーチ。世界的な知名度を誇る観光地であるパタヤは、電車が発達していない代わりにソンテウ(乗り合いバン)が、深夜でも街を走っている。バンコクに比べると交通手段が限られ、おのずと旅行者はタクシーやライドシェアに頼ることになる。宿泊先のホテルから「Bolt」で配車を依頼すると、ものの2分ほどでドライバーが迎えにきた。車両には交付されたライセンスが提示されており、聞けば昼は別の仕事をしている“兼業ドライバー”なのだという。 「パタヤは『Grab』よりも、『Bolt』が強い。欧州からの観光客が多いため、ヨーロッパでも馴染みがあり、かつ料金が安いのが魅力なのでしょう。コロナ禍でライドシェアは全く稼げませんでしたが、今はハイシーズンだと1日で3000バーツ(約12000円)を売り上げるほど調子はいいよ。言葉が分からない海外のお客を乗せるときは、利用者も不安でしょうが、ドライバーも不安なんです。だからアプリで全てが完結するということは、私達からしても安心です」 タイでは「ライドシェアはタクシー運転手の賃金低下に繋がる」という抗議の声が相次ぎ、長らくライドシェアは違法行為としてみなされていた。しかし、消費者の高い需要を受けてサービスは継続されていた、という背景がある。その後、’21年にライドシェア合法化の動きが生まれて法案が通過。現在は「Grab」や「Bolt」を代表とした、7つのライドシェアサービスが展開されている。 ちなみにタイと日本を訪れる外国人旅行者を月で比較した場合、タイが今年3月に約222万人、日本が7月で約232万とほぼ同数となっている。世界でも有数といわれる日本タクシーのホスピタリティを考慮すれば、タイと同等にライドシェアを取り扱うことはできないが、オーバーツーリズムによる交通インフラの混乱は日本のほうが深刻だと感じた。 帰国前に空港へと向かう際にタクシーを利用すると、ドライバーはこう嘆いた。 「ライドシェアの影響があったかどうかわかりませんが、給料が昔より下がっているのは間違いない。今ではあなたみたいに空港へ向かう客を乗せることが激減し、1日1組もないくらいだから」 今国会ではライドシェア解禁の是非について議論を進めていくという方針は出ているが、実現のためのハードルはまだまだ高い。自民党のベテラン議員がこう明かす。 「党内でも意見が分かれており、正直、ライドシェア解禁は難しいのでは、というのが私の認識。利用者や観光目線で利便性を考えるのか、安全輸送を軸とするのか、何をもってライドシェアとするのか、また公共交通と同等として捉えるのか。まだ、そういった初期設定をどうするのかを考えている段階です」 ライドシェアの導入に関しては、世界でも判断が分かれている。そんななか、既存の交通インフラと共存している例として、タイの事例に目を向けてみることも必要ではないか、と感じさせられた。 取材・文・写真:栗田シメイ
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