人工中絶を"選べない"アメリカ、奪われた女性の権利が大きな論争に。「この判決には怒りと無力感」
「中絶反対」の背景には、根深い信仰心
「現在、禁止の州に住む女性たちは、合法に中絶ができる州に移動しているようですが、移動するための手段やそれに伴う費用も発生します。また、流産や子宮外妊娠など緊急な医療的処置が必要なケースもあります。本来はどんなケースであっても、出産するか・しないかは、当事者である女性に自己決定権があります。中絶する権利もその女性にあるのです。 このことを理解しているアメリカ人は多く、2023年7月の世論調査では、特定の状況下であることも含めると85%が中絶合法化に賛成し、反対は13%程度でした。反対する人の多くはキリスト教原理主義の保守派層です。 アメリカは日本と異なり、宗教が深く政策や政治に影響します。彼らは生命の概念は受精卵(人によっては卵子や精子からという場合も)からあるとし、中絶は絶対禁止という信仰概念を持っています。“プロ・ライフ(pro-life)”派とも呼ばれています。彼らはトランプ支持を表明することで、同じ信仰概念を持つ保守派判事を任命をさせるよう、トランプに働きかけたのです」(内田先生)
保守政権のときこそ、アメリカは逆方向へ勢いづく
再びトランプ勢力が高まっているが、中絶はもとより、アメリカの女性たちのSRHRは守られるのだろうか。 「中絶禁止の報道後の2023年7月、FDAはOpillという低用量ピルを医師の処方なく薬局で購入できることを決めました。また、中絶禁止に関しても、多くのセレブも声を上げ続けています。中でも注目したいのは、それまで政治的な発言をしてこなかったテイラー・スウィフト。彼女は判決後にSNSで異議を唱え、多くの賛同とさらなる人気を集めました。 もちろん、今後の選挙も保守勢力の動きには注視していかねばいけません。でも、保守政権のときこそアメリカは勢いづく、逆方向に動いていくという傾向があります。MeTooやブラック・ライブズ・マター(BLM)も思い返してみれば、トランプ政権時に起きています」 分断があるアメリカだが、変えていく力に関しては日本と異なるエネルギーがあると内田先生は話す。 「日本でも低用量ピルやアフターピルのアクセスのしやすさの議論や、著名人の性加害報道も続いています。でも現状では、世論の関心はスキャンダル方向で、本質が語られない社会構造を感じます。アメリカのように有名人も意見をしません。世の中は変わらないと絶望を感じている人も多いと聞きます。アメリカも簡単にMeTooやBLMに行きついたわけではなく、被害者たちの努力とその被害を傍観しない他者たちの努力があったからだと思うのです。デモを起こせなくても、まずは考え続けることから始めていきましょう」
From Harper's BAZAAR April 2024 Issue