ラジコンで描いてしまう自動車アーティスト、イアン・クックの仕事術(大矢アキオの連載コラム第44回)
イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情をお届けする連載企画。第44回は奇抜な作画手法で話題のイギリス人現代アーティスト、イアン・クックについて。 【写真と動画】ラジコンで絵を描くってどういうこと?
「やめろ」と言われたから始めた
その画家に出会ったのは、2023年5月。イタリア・コモの『コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ』会場だった。同イベントは、現存する世界最古の自動車エレガンス・コンクールであり、毎年初夏にBMWの歴史部門の後援で催されている。 2023年度は隣接するヴィラ・エルバで、2019年を最後に途絶えていた一般公開も復活した。そこで筆者は、一棟の白いテントを見つけた。中を覗いてみると、往年のBMWにおけるスポーツモデル「3.0CSL」の絵がイーゼルの上に飾られている。そこから視線を下ろして驚いた。なんとアーティストが同じBMWの「502カブリオレ」の絵を制作中だった。這いつくばったかと思えば、ときには立ち上がってさまざまな絵の具を垂らしている。鮮やかな色が次々とキャンバスの上で散ってゆく。当然、本人もアクリル絵の具まみれである。 これまでヨーロッパ各地で、さまざまな自動車アートの画廊やライブ制作を訪れたが、ここまでダイナミックな光景に遭遇したことはなかった。 彼の名はイアン・クック。BMWの招待アーティストだった。英国第一の自動車産業都市バーミンガムに生まれた彼は、数々の現代美術家を輩出したことで知られるウィンチェスター・スクール・オブ・アートを2004年に卒業。自身のアトリエ「ポッブバンカラー」を拠点にアーティスト活動を開始し、現在に至っている。 制作中のイアンの周囲には、本人同様絵の具まみれになったトーイカーが山積みになっている。やがてその理由がわかった。ホイールに絵の具をつけて前後に走らせ、その轍(わだち)を記すのだ。そればかりではない。コントローラーを取るので何かと思えば、ラジコンカーも駆使するのだった。 その手法を始めたきっかけが愉快だ。現在のスタイルを確立する前夜である2006年のクリスマス、彼はラジコンカーをプレゼントされた。贈り主は彼のスタジオの様子を知っていたのだろう。「ラジコンカーをスタジオに持ち込むな。絵の具で汚すなよ!」と告げた。しかし逆にイアンは「持ち込んでしまった」のだという。