榊原るみさんは「男はつらいよ」のマドンナ抜擢が転機に 「山田洋次監督とお茶を飲んでいる間に決まり…」【その日その瞬間】
【その日その瞬間】 榊原るみさん(俳優/73歳) ◇ ◇ ◇ 往年の人気女優、榊原るみさんは現在は復帰して活動中。ターニングポイントとなったのはマドンナ役に抜擢された「男はつらいよ」の第7作だった。 【写真】三谷幸喜さん「『12人の優しい日本人』のヒット、こういう芝居をつくればいいと実感」 1971年に公開された「男はつらいよ 奮闘篇」のお話をいただいた時はまだ20歳でした。無名に近い新人だったのになぜ抜擢されたかというと、オーディションはなくて山田(洋次)監督と喫茶店で直接お会いしましたら、お茶を飲んでいる間に出演が決まっちゃったんですよ(笑)。本当にのどかな時代でした。 今思えば何を話したか覚えていないのですが、私の表情やしゃべり方で今度のマドンナ役の花子にちょうどいいと思われたのかもしれません。 それまでマドンナは若尾文子さんや新珠三千代さんら有名な女優さんばかりでしたから、まだ何の色もついていない私がよかったのかもしれませんね。それで当時、最年少のヒロインを務めることに。 でも、私は「男はつらいよ」に抜擢される重大さに気づいてなかったですね。というのも、映画をあまり見せてもらえずに育ちましたから。親から「映画館は暗いし不良が行く場所だから行っちゃダメ」と言われ、唯一親が同伴して見にいっていい映画はオードリー・ヘプバーンが出るようなハリウッド映画だけ。だから、ヤクザ映画全盛の日本映画を見ることがなかった。寅さんも見せてもらえなくて。それで逆に現場に対して怖さがなかったのかもしれません。 現場ではキャストの方たちやスタッフさんにはとても大切にしていただきました。後で聞いた話ではマドンナの女優さんはプレッシャーでノイローゼになる方もいらして大変な役なんです。それに、当時の山田組の雰囲気も独特でスタジオ中がシーンとして私語を交わす人は誰もいなくて。山田組のスタッフの方たちもプライドが高かったですから。
「男はつらいよ」が話題になったことで「気になる嫁さん」の主役に
なのに、私は芸能界のことを何も知らないので緊張感がなく、ニコニコ笑って現場にいるものですから、みなさん、やさしくしてくれたんでしょうね。おばちゃん役の三崎千恵子さんには「あなた、恵まれてるねえ。最初に山田組で仕事させてもらえて本当に幸せ者だねえ」と声をかけられたのですが、私は「そんなもんかなあ」と思って(笑)。何十年もたってから、言われた意味を理解できました。 同年の10月に連ドラの「気になる嫁さん」の主役に。「男はつらいよ」が話題になったことで決まったと思いますので、ここが私のターニングポイントでした。共演者の石立鉄男さんがこのあと主役になり、ヒットさせていく枠の主役ですから大抜擢ですよね。 ここでも共演者の方たちが佐野周二さんや浦辺粂子さんはじめ、ベテランの方ばかり。みなさんにかわいがっていただきました。 ホームドラマでしたし1年間続いたので雰囲気はピリピリしていませんでしたが、当時は石立鉄男さんが大遅刻をしましてね。彼はその頃から視聴率男と呼ばれていた若いスターですから、遅くまで飲み歩いていたようで、朝からの撮影に現れない。自宅に電話を入れても奥さんが「どこにいるのかわかりません」と。それでみんなして待っているとお昼ごろにフラッと現れる。 気が小さいから、ちょっと遅刻しそうだと現場に来られなくなっちゃうみたい。「みなさん遅れましてすみません!」って言えないんです。でも、行かなきゃいけないから結局はお昼にコソコソ現れる(笑)。そこがおもしろい人ではありました。ベテランの方たちを待たせるのはよくないですが、いい時代で先輩俳優さんも「仕方ないよ、鉄っちゃんだもん」で済ませてましたよ。 根はいい人ですからこんなことも。ある日私がスタジオで40度近い熱が出ちゃったんです。山田吾一さんがボーッとしている私の額に手を当てて「めぐ(役名)、すごい熱だぞ」と声を上げると石立さんが「大変だ!」と近づいてきて、私を抱きかかえて、私の部屋のセットまで運んでベッドに寝かせてくれたんですよ。しばらくしてセットの脇から石立さんたちが「あの子、疲れているから休ませておやりよ」と話している声が聞こえてきて。 私のいないシーンを撮り始めても私はずっとベッドで寝ていました。石立さんはそんな優しい面がある人でした。当時の思い出はつきません。 今は娘(松下恵)と同じ事務所にいて活動しています。私もこの年なので、娘にはマネジャーみたいに面倒も見てもらっています(笑)。親子でたくさん共演できるようにまだまだ頑張ります。 ▽榊原るみ(さかきばら・るみ) 1951年3月、東京都生まれ。幼年からモデル活動などを経て「帰ってきたウルトラマン」「気になる嫁さん」などで人気女優に。現在ドラマや映画で活動中。