日本の医師は「利権」のために児童を虐待している…群馬の「陰毛視診」問題で若手医師が抱いた違和感
■日本の学校健診にはエビデンスがない 日本では、「学校保健安全法施行規則」において学校健診の内容が決められています。 ---------- 一 身長及び体重 二 栄養状態 三 脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無並びに四肢の状態 四 視力及び聴力 五 眼の疾病及び異常の有無 六 耳鼻咽頭疾患及び皮膚疾患の有無 七 歯及び口腔の疾病及び異常の有無 八 結核の有無 九 心臓の疾病及び異常の有無 十 尿 十一 その他の疾病及び異常の有無 ---------- 一見して、USPSTFの推奨とほとんど一致していないことがわかると思います。 「脊柱及び胸郭の疾病」に含まれる側弯症はUSPSTFでは「I」ランク、つまり検査が有効であるというエビデンスがないと判定されています。 もちろんなんでもアメリカに合わせるのがいいわけではありません。 ただ、USPSTFは詳細なデータを公表していますが、日本の学校保健安全法施行規則にはなんのエビデンスも添えられていません。 ■古い時代の健診がズルズル続いているだけ ちなみに、前述の文科省通知で参照している「児童生徒等の健康診断マニュアル」には引用文献がひとつも挙げられていません。 なぜ日本の学校健診はこんな残念なことになっているのでしょう。 その理由は、リストに「結核」があることから察せられます。 このリストの原型ができたのは1958年。 要するに、データに基づいて健診の「利益」と「害」をちゃんと評価するという思想がまだなかったころに学校健診のやりかたを細かく決めたまま、検証されることもなくズルズル続いているのです。
■世界では健診の見直しが進んでいる 一方、世界的には健診のあり方を見直す動きが進んでいます。1960年代以降、世界保健機関(WHO)やアメリカ、カナダの団体が健診の検証を呼びかけたことが、USPSTFなどの事業につながりました。その運動の中にいたデイヴィッド・サケットという人がのちに「エビデンスに基づく医学の父」と呼ばれるようになります。 一方、日本の学校健診はエビデンスに基づいていません。「診察はやればやるほどよい」という安直な考えがまかり通り、冒頭に紹介したようなトラブルを引き起こしています。 ■医師の利権のために子供を虐待している 「過剰な検査」は「過剰な治療」に結びつきます。 本当は要らないはずの無駄な薬、無駄な手術を行うことは、健康のためどころか有害です。子供に副作用のリスク、手術合併症のリスク、重い病気ではないかという不安を与えるだけでなく、重い病気を診断されたという事実が将来の結婚・就職・保険加入に不利に働くことも考えられます。 また、無駄な診察のために大量の公的資金と貴重な医療従事者の労働力が費やされていることも問題です。 私はまず学校健診を完全に廃止すべきだと思います。効果不明で逆効果の疑いさえある健診によって、リソースが無駄遣いされるだけでなく、子供の心身を危険にさらしているからです。 そのうえで、健診の効果を検証するために、それぞれの検査項目が本当に必要なのかどうか、検査するグループとしないグループを作って比較する必要があります。この試験を実行するためには、前提として一斉健診が廃止されていなければなりません。 合理的な検証ができなければ、日本の医療体制は医師の利権のために子供を虐待しているのだと批判されても、言い返すことはできないでしょう。 ---------- 大脇 幸志郎(おおわき・こうしろう) 医師 1983年、大阪府に生まれる。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師となる。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わっている。著書には『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書にはペトルシュクラバーネク著『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(以上、生活の医療社)、ヴィナイヤク・プラサード著『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(晶文社)がある。 ----------
医師 大脇 幸志郎