【オーストラリア】【特別インタビュー】「日豪は新分野でも協力推進へ」 鈴木量博・駐豪大使インタビュー
オーストラリアの労働党政権は最近、支持率に陰りが見え始めている。かつて険悪な仲にあった中国との関係では雪解けが進んでいるものの、その半面、日本との親密な関係を手放しでアピールしづらくなっていると指摘されている。日本はその中で、オーストラリアとどう関係を築いていくべきだろうか。鈴木量博・駐豪日本国特命全権大使に、ざっくばらんに聞いてみた。【NNAオーストラリア編集部】 ――就任約9カ月がたちました。これまでのオーストラリアの印象はどうでしょうか? 率直に申し上げて、明るい未来があり、高いポテンシャルのある国であることを実感しますね。広い国土があり、人口は2,700万人ですが、今後40年間で4,000万人を超えるといわれますし、世界の大学ランキングでも多くのオーストラリアの大学が名を連ねています。 経済面では従来の伝統的な産業に加えて、水素関連の科学技術分野、それから安全保障分野でも日本と相互円滑化協定が結ばれて、どんどん日豪関係は緊密化していく。そういう国に来て活動できるというのは、外交官冥利(みょうり)に尽きると思っています。 ――前赴任地はトルコでした。同じ親日国としては、トルコとオーストラリアとの違いはありますか? トルコも非常に親日的で、日本の大使だということで、どこに行っても歓迎されていました。しかし日本との関係の深さという意味では、人口8,600万人のトルコの在留邦人の数は1,750人なのに対して、2,700万人のオーストラリアは、在留邦人は約10万人もいます。オーストラリアはトルコよりも57倍近く日本人がいるわけです。 例えば21年の貿易額で言っても、日本とトルコとの貿易総額は7,270億円で、オーストラリアとの貿易総額は7兆4,082億円ということで、10倍以上の開きがある。つまり経済活動、人的交流の厚み、ここが圧倒的に違うわけです。 トルコは近く1億人に増えるような国ですが、日本に行ったことのあるトルコ人は少ないのです。これに対して、実際に日本に行ったことがあるオーストラリア人の数や、日本に対する知識の深さも違う。その面からもオーストラリアと日本の関係の深さが分かると思います。 ――悪化していた豪中関係がアルバニージー政権で峠を越し、関係修復にかじを切っています。これは日豪外交に影響を与えると思われますが、どう思いますか? オーストラリアの中国に対する外交の考え方は、協力できることは協力し、反対すべきは反対するということで、国益に従って行動すると繰り返し述べています。これに従って、アルバニージー首相も昨年11月に訪中しました。 日本については、2022年末に策定された「国家安全保障戦略」では、中国について、わが国と国際社会の深刻な懸念事項であり、わが国の平和と安全および国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であると位置づけています。 同時に、1月に上川陽子外相が国会で外交演説して、日中関係について「戦略的互恵関係を包括的に推進するとともに、主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めつつ、諸懸案も含め、対話をしっかりと重ね、共通の諸課題については協力するという、建設的かつ安定的な日中関係を日中双方の努力で構築していくことが重要」であると表明しています。 従って、オーストラリアと日本の対中政策についての考え方は、基本的な方向性で軌を一にしていると考えています。 これは、インド太平洋地域の諸課題で、日本とオーストラリアが緊密に連携してきたことの結果ではないかと考えます。日豪間で考え方がずれているという認識はないですね。 ――以前の保守連合(自由党・国民党)政権は明らかに日本重視でしたが、労働党政権になってからオーストラリアは中国への配慮を見せています。アルバニージー首相もウォン外相も日本への思い入れは少ないように見えますし、日本はオーストラリアへのアプローチを変えざるを得ないと思いますがどうですか。 オーストラリアとの間で、緊密な形で意見交換や政策調整をしていることは事実です。実際にオーストラリアの行動を見ていて、前政権と比べ、対中姿勢が根本的なところで大幅に変わったという認識は全くありません。基本的姿勢は全く私は変わっていないと思います。 それに日本重視の姿勢も全く変わっていないと感じます。労働党政権が成立して、十数時間というわずかな間に、アルバニージー首相とウォン外相が共に訪日して、日米豪印の協力枠組み「クアッド」のサミットをやり、同時に日豪首脳会談も開催されました。労働党政権の下ではすでに8回も日豪首脳会談が行われています。 アルバニージー首相は昨年11月に中国を訪問しましたが、同行したウォン外相がその直後に、訪中を踏まえてインド太平洋の諸課題について日本側と議論しています。私個人も、首相や外相、主要閣僚と何回も会っており、情報交換しています。率直に言って、日本は厚遇を受けているのが分かります。 私は昨年5月6日の夜中に初めてキャンベラに着いたのですが、ハーレー連邦総督への信任状奉呈式があったのは、それからわずか7出勤日の5月17日でした。欧米の先進国では、1~2カ月待たされるのは普通です。 オーストラリアが東南アジアや太平洋島しょ国重視の外交であることも、日豪がお互いに似ているところでもあります。 しかし労働党政権と保守連合政権の間で、中国に対する対外的な発信の仕方という意味で、かなり異なっているとは言えるのではないでしょうか。保守連合の時の方が明らかにストレートに中国に対する主張を展開する外交方針でしたが、今の労働党政権はその点についてはいろいろなことを考えてやっているところはあると思います。ただし、その本質的な部分では、中国に対する姿勢は変わったということはないと思いますね。 ――昨年11月に日本の排他的経済水域(EEZ)で中国軍の駆逐艦が音波探知機(ソナー)を照射して豪軍艦乗組員にけがを負わせた事件で、中国の肖千・駐豪大使は日本が関与したもので、日本に謝罪を求めるべきだと発言していました。これには日本の外交も、抗議なり反論なりを言うべきではなかったかと思います。これについてはどう思いますか? 海上自衛隊の艦艇の行動で、オーストラリアの乗務員が負傷したという事実は全くないわけです。そしてその点については、日豪間で確認されています。このことはきっちりとこの場で言わせていただきたいと思います。大使館からも中国大使の発言があった当日にコメントを出していますし、その後、日本の外務省の国際報道官がオーストラリアのメディアにも応じたものが報じられています。そもそも日本とオーストラリアは特別な戦略的パートナーですから、いろいろな形で緊密に連携しているということです。 ――他の先進国は、外相がイスラエル紛争の収束を促す声明を出したりして、海外でも積極的に発信しているのに、日本の政府や議会は、裏金問題や派閥問題の対応に追われて、重要な外交問題の議論をなおざりにしている印象があります。これは外務省内でも危機意識はないでしょうか。 外交について言えば、常に日本政府の中では非常に重要な政策分野として扱われています。それは私自身が日々感じていますし、上川外相の行動を見ても感じます。上川外相は2月にフィジーやサモアも訪問し、太平洋・島サミットに向けた中間閣僚会合の議長も務めています。非常に具体的な成果を上げられていると感じています。 外交は、日本の内政とは切り離して、しっかりと施策が執られているというのが私の認識です。 私自身も10月に一時帰国した際に、上川外相と短時間ながらお会いしましたが、いろいろとオーストラリアとの関係についても具体的な指示をもらっています。 ――日豪は現在、ミサイル実験や水中無人機など、安全保障面で具体的な協力を進めています。その背景には何がありますか? 自由で開かれたインド太平洋のイニシアチブを進めていく上では、日本とオーストラリアはまさに中核国であるわけです。同時に、わが国が置かれている安全保障環境は、国家安全保障戦略でも指摘されている通り、極めて厳しい状況になってきています。 このような中でこの地域で平和と安定を確保しようと、両国はいろいろな分野で協力していくということをやっているわけです。 円滑化協定もできましたし、今後も安全保障面での協力を進めていくということです。その結果として、軍隊の訓練や装備品技術といった面での協力はこれからさらに進むと思います。 ――豪米英の安全保障枠組みAUKUS(オーカス)については、日本はどう関わる方針でしょうか。正式な参画を求めるのか、もしくは第2の柱という後方的支援のみによる参画にとどまるのか。 日本としてはオーカスの取り組み自体は支持していて、第2段階の柱では人工知能(AI)などでの協力に関心を持っていることを表明しています。 大きな流れで見ると、ロシアによるウクライナ侵攻が発生した際、当時トルコにいて痛感しましたが、黒海周辺の海運を閉鎖されるだけで、食糧供給で世界的な問題が出ていますし、紅海での親イラン武装組織フーシ派による攻撃でも海運に大きな障害が出ている。 そういう意味で、オーカスは、海洋の安全保障がグローバルサプライチェーン(供給網)に果たす役割は極めて重要だということが言えます。そのために島国である日本自身がオーカスの取り組みを支持しています。自由で開かれた太平洋を実現していく上で、日本とオーストラリアはいろいろな形でこういう取り組みに協力していくべきですし、その第2段階の柱に入れば技術協力の可能性が広がるということです。 ――クアッドは今後どういう方向に進みそうでしょうか。インドがロシアに近い立場のため、ロシア・ウクライナ戦争が起きてから日米豪印のクアッドの基盤が不安視されています。 自由で開かれたインド太平洋を実現するために、価値観を共有する4カ国で幅広い分野で実践的協力を一つずつ進めていきましょうというのが、クアッドの枠組みなわけです。そこで、海洋とか重要技術、サイバー、インフラ、気候変動、人道支援、災害救援といった、あくまでも地域に密着した分野で、具体的な利益が共有されるような協力をしようということです。その点でインド自身も非常に前向きに取り組んでいます。 それからもう一点は、昨年9月のクアッドの外相会談をやった時、インド自身もしっかりと一方的な現状変更の試みには反対を表明しているわけです。つまり根本的なスタンスについての認識の一致はできています。 ――オーストラリアでは最近、炭素排出のセーフガード措置の厳格化や、クイーンズランド州での石炭ロイヤルティー引き上げなど、日本の資源権益が脅かされるケースが相次いでいます。日本の商工会議所からもさまざまな懸念が出ています。大使館としてどういう対応をしてきましたか? まさに昨年12月に、キャンベラでオーストラリア各地の商工会議所の幹部の方々にお集まりいただいて年次総会の形で意見交換をした際に、いろいろと意見を提出してもらいました。そうした問題についてはオーストラリア側に表明するようにしています。 ただし、それほど単純ではない側面があるのは、問題が州政府管轄なのか、連邦政府の管轄なのかによるということです。州政府の場合には、州政府と話してほしいと言われてしまうわけです。そのため総領事館と大使館の間で緊密に調整し、総領事館から話をしてもらう形になります。そのほか、東京の関係省庁や業界団体からもさまざまな形のリクエストがあり、大使館と総領事館、それから州政府と連邦政府とその案件に分けて、対話を進めているのが実情です。そのために、私もクリス・ボーエン気候変動・エネルギー大臣とは親しくさせてもらって、緊密に連携しています。 ――オーストラリア大使としての使命は何でしょうか。 日本とオーストラリアは、非常に深い関係にあって、市民レベルでの交流が非常に進んでいます。その中で、在留邦人の方々の話をお伺いし、一人ひとりが日豪関係の礎を支えていらっしゃることをしっかり念頭において、在留邦人や日系企業の皆さまの意向や希望を伺いながら諸課題に取り組んでいきたいと思っています。 また、日豪は相互補完的な経済関係を長年にわたり発展させてきましたが、今後は、伝統的な資源分野に加えて、水素・アンモニアや重要鉱物、インフラ、宇宙・科学技術の分野など、新たなフロンティアにおける協力を一層推進していきたいと考えています。(了)(聞き手=西原哲也)