イム・スジョン×イ・ドヒョン『メランコリア』が映す社会への指摘 “正義”と“数学”が軸に
Netflixにて韓国ドラマ『メランコリア』の配信がスタートした。「メランコリア」という言葉には“憂鬱”という意味がある。 【写真】『ムービング』バスに乗り窓を見つめるイ・ジョンハ 物語の主な舞台は、企業代表や政治家を親に持つ子供たちが多く通う名門・アソン高校。この学校を仕切るノ・ジョンア教育部長(チン・ギョン)の印象的なスピーチから幕を開け、「運が努力に勝つ時代です」という、学生にとってはあまりに衝撃的な言葉が威勢よく発されていく。そこに数学教師チ・ユンス(イム・スジョン)が現れ、ジョンア教育部長の言葉は間違いだと指摘する。「人生に運不運はあるが正義も存在する。運が全てではない」と。その後ユンスはなぜか警察に連れていかれてしまう。この第1話の冒頭だけでは、いったい何が起こっているのか理解は難しいだろう。 そこから4カ月遡り、ユンスがアソン高校にやってくるところから再びストーリーが展開されていく。彼女は、10歳でマサチューセッツ工科大学に入学した“元”天才児のパク・スンユと出会い、数学を通して心を共鳴させていくのだが、高校生と教師、男と女という客観的に見た関係性から問題視されてしまうのだった。 2人はどのような運命的な出会いを果たし、心を通わせていったのか。そして問題が起きた後、各々の人生を生きる中で再び出会い、アソン高校で自分たちを陥れた問題のシステムを暴く役割を果たすまでが、2部構成で描かれていく。一見、先生と生徒の禁断の恋愛ドラマのようにも見えるが、実は自分たちを盾にした高校への復讐劇である。 ■イ・ドヒョンの秀才役が光るドラマ ペク・スンユを演じるのは、昨今数々の作品で大活躍のイ・ドヒョン。『良くも悪くもだって母親』『Sweet Home -俺と世界の絶望-』『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』など、演じる役柄からも秀才・天才なイメージが強い彼は、本作でも瞬間的な記憶力や物事を数学的な目で見ることに優れており、「特別」と言われることにトラウマを持っている男子高校生を演じ切る。そしてどの作品でもしっかりと復讐を果たしてきてくれたからか、本作でも「絶対に上手く対処をしてくれるに違いない」という安心感を抱いてしまう。 また、気になるのはスンユが持っている帽子やパーカーに描かれている“1729”という数字。劇中でユンスが指摘するように、この数字は「2つの立方数の和として2通りに表せる最小の数」という特別なものだ。まさにスンユとユンスが2通りの式として存在し、どこか孤独を感じている2人の進む道=解が一致したことを表しているよう。名前も回文のようで少しややこしいところがあるが、それこそが2人の、重なりそうですれ違ってしまう想いを表現しているようにも思う。 数学が話の中心になってくるので、難しそうだと思う人もいるだろう。しかし、スンユとユンスが問題を証明していく過程で抱く感情があまりに美しく描かれており、数学という学問でありながらも、どこか芸術と繋がっているようで、むしろ数学に対する苦手意識を少し取り除いてくれる作品だ。 ■子供たちが感じている親や周囲からの重圧 アソン高校のような教育現場で、気にかけなければならないのは、親からの期待やプライドに押しつぶされそうになっている子供たちの本当の気持ちを知ること。彼らが物語の中で大きな動きをすることになるのは言うまでもない。 「特別」と囃し立てられてきたスンユも親からの過大な期待と周囲からの好奇の眼差しにトラウマを持っており、議員の父親を持つイェリン(ウ・ダビ)も自分が優秀な学生であることを維持するため、どんな手にも縋っていた。そしてギュヨン(チェ・ウソン)はスンユを過度にライバル視して嫌なうわさを流していた。彼らのように全て完璧であることが良しとされる家庭で育ち、誰にも本心を見せられずに誤った方向に進んでしまう子供たちには、心を許せる存在が必要だが、手を差し伸べたユンスはむしろ突き飛ばされてしまう。それでも彼女は教育者として、何度も彼らに向き合って、正しい道に戻そうと手を尽くしていく。“教育”“学力”といった将来目指すものに近づくために必要な武器が、なぜかプライドや地位そのものになってしまっている社会への指摘がこの作品には込められていると言える。 良い教育を受けられるのも運不運という世界の中で、忘れられてしまう“正義”という存在。劇中で「証明を解く時の数学者は正直」とも語られているように、“正義”と“数学(正直さ)”という軸を持ち合わせているユンスとスンユは教育の現場をより良くしてくれる存在だった。まさにアルブレヒト・デューラーの「メランコリア」で描かれている一筋の光のように。 参考 https://www.metmuseum.org/ja/art/collection/search/336228
伊藤万弥乃