「デマ事件」が人生の転機に「将来の夢を失い、無気力な学生時代を過ごした」気象予報士・小林正寿の「雪との縁」
『ZIP!』などのテレビ番組で活躍する気象予報士の小林正寿さん。スポーツマンらしい爽やかで明るい笑顔で人気です。気象予報士を目指したきっかけや毎日つけている「反省ノート」などについて伺いました。(全3回中の1回) 【画像】「努力の結晶ですね」気象予報士になったあと毎日つけている反省ノートを一挙公開「見るだけで勇気をもらえます」(全16枚)
■不名誉なあだ名の原因は、関東地方の雪予報の難しさ ── 気象予報士を目指されたきっかけは? 小林さん:中学生のとき、「デマ」というあだ名をつけられたことがきっかけです。ある冬の朝、テレビで天気予報を見ていたら雪の予報だったので、学校で野球部の仲間に「今日は雪らしいよ!」と伝えました。冬の練習は、外での走り込みが中心できつかったんですが、雪が降ると室内でのラクなメニューになるからみんな大喜びでした。
でも、その日は結局晴れて雪は降らなくて。その日から僕のあだ名は「デマ」になりました。この「デマ事件」をきっかけに、「天気予報ってどういう人がやっているんだろう」と注目するようになったんです。 ── 雪の予報が外れることはよくありますよね。 小林さん:そうなんです。当時住んでいた茨城県もそうですが、関東地方の雪の予報は難しいんですよね。関東地方の冬は乾燥した晴れの日が多くて、雪が降るのは、南側を低気圧が通るパターンです。ただ、低気圧付近では雪や雨になっても、低気圧の中心から離れるほど雲が少なくなって晴れることもある。
あの日も、茨城は晴れていましたが、東京や神奈川、千葉では雪が降っていました。低気圧の位置を正確に予測するのは難しくて、前日の夕方と当日の朝で、予報が大きく変わることはよくあります。今なら、こうやって解説できるから、「デマ」とは呼ばせないんですけどね(笑)。 ── 小さい頃から、天気予報に興味があったのですか。 小林さん:特にそういうわけではありませんでした。子どもの頃は地理が大好きで、3歳くらいの頃から、時間を忘れて地図を読み込んでいました。道路地図を見ながら、「こういう経路で電車を走らせて、ここに駅があったら便利だろうな」と自分なりに考えて、スケッチブックに電車の路線図を描くのが趣味だったんです。地形や所要時間も考えていました。
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