泣きながらピアノを習っていた…保護者自身が子ども時代にどんな「体験」をしていたか
習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか? 低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。 【写真】子ども時代に「ディズニーランド」に行ったかどうか「意外すぎる格差」 発売たちまち6刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。 *本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。 事例5:泣きながらやったピアノ 菊池彩さん 長男(小学生)・長女(小学生) ──お子さんは習い事等をされていますか。 息子はスポーツ教室と、町会主催のクラブ活動と、その二つをやっています。娘もスポーツ教室に。とある団体から費用の支援を受けて通えるようになりました。スポーツ教室は日曜日に行っていて、子どもたちに居場所ができたなと思います。生活の一部になったというか。 平日は学童があったので、日曜日にも居場所ができて良かったです。父親がいないですし、私も毎週どこかに連れていけるわけではないので。家に子どもが二人いると、私が資格の勉強をするのも難しくて、そういう意味でも良かったです。 スポーツ教室に来ているのはほかの学校の子がほとんどです。そこで新しく友達ができて、違うコミュニティができています。学校で習い事の話を友達と対等にできるのもいいですね。スポーツ教室でバスケやったりテニスやったりしてるんだねって。これまでは「自分はしていないから」っていう引け目みたいなところもあったみたいで。 息子はどちらかというと町会主催のクラブ活動のほうが好きみたいです。うまくなりたいという気持ちがあるみたいで、「今日はこんなことができるようになった」とか楽しそうに話しています。元々自分からやりたいと言い出したこともあって、受け身ではない感じですね。 ──地域のクラブ活動に参加することで、保護者としての負担はありますか。 そうですね。送迎は絶対してください、練習にも基本的に一緒についていてほしいという感じですし、「当番」というのがあって、その日は人数だったり備品の数の確認をしたりという役割がありますね。あとは、何年かに一度「役員」が回ってくるみたいで、その年は本当にその仕事に追われるみたいです。「練習は何時から何時です」とか、「雨の場合は何時までに連絡します」とか、そういう連絡を毎回するとか。時間的な負担ですね。 ただ、みなさんお互い助け合うという雰囲気があって、温かいんですよ。クラブの成果を発表する日が私の資格試験に重なってしまったんですが、息子の衣装の着付けとか全部やってあげるからって言ってくださったりして。とは言っても「当番を代わってください」と毎回言えるわけではないと思うんですが。 ──ほかの大人や保護者の方は働かれている方も多いですか。 勤めで働いている人は少ない印象ですね。子ども会で役員をしたり、地域に関わっている感じで。自分もクラブ活動に参加して、という人が多いです。私みたいに昼間は外で働いて、夕方に帰ってきて、そのまま子どもを活動に連れてきて、という雰囲気ではないですね。でも、そんな中でも、こちらのことを理解してくださってありがたいなと思っています。 ──団体の支援を受ける前は、習い事などについて家庭の中でどう話されていましたか。 習い事となると月々5000円以上はするところが多いですよね。現実的には厳しいです。子どもたちが学校で聞いてきて何かやりたいという話をしたときには、「ちょっと調べてみるね、考えてみるね」というふうに言っていたと思います。 ちょっと卑怯かもしれないですけど、「習い事だとこの曜日のこの時間は決まった場所に行って決まったことをするからちょっと負担になるかもしれないよ」みたいなことを言っちゃったりもしていましたね。良い印象ばかりじゃないものを与えるというか。 ──菊池さんご自身が子どもの頃は習い事などされていましたか。 私の母は自分自身もアクティブだし、子どもたちにも「体験は宝だから色々とやらせたい」みたいなタイプでした。コンサートとかバレエとかミュージカルとか、連れていってもらいましたね。妹と3人で。 習い事も、バレエを幼稚園のときに、ピアノを4歳から12歳までやっていました。母は自分がピアノを途中でやめていたみたいで、娘たちにはちゃんと弾けるようになるまでやらせたいということで、とても厳しくされました。家にアップライトのピアノがあって。 ピアノの先生も厳しくて、私はあまり好きじゃなかったです。子どもに言う表現じゃない言葉で教えたり。毎日1時間以上の練習で、泣きながらやったり。指が動かなくて間違えると、「はいもう1回」って言われたり、同じところを50回やってとか。中学に上がる頃に、勉強が忙しくなるからと自分から言ってピアノはやめました。 ピアノだけはトラウマじゃないですけど、こんな感じだったので、自分から子どもに対して「ぜひやろうよ」とは言わないですね。本人が「やりたい」って言ったら別ですけど。 ──菊池さんのお母さん(子どもたちの祖母)はお近くに住んでいますか。 両親は私が子どもの頃に離婚していて、今住んでいるところは母親の実家の近くです。 ただ、私の母は働くのも遊ぶのもとても好きな人なので、孫がいつ来てもいいよという感じではないんですね。まだ若いし、自分の予定で忙しいので、預けすぎるとあまりいい顔をしないというか。元気でいいんですけどね。 なので、実家が近いから助かるということはあまりないです。いざというときは助けてくれると思うんですけど、「ありがとう、ありがとう」って言いながらだと肩身が狭い感じもするので、お金を払ってシッターさんに頼んでというほうがさっぱりしていて私の気持ちは楽です。もちろん高かったらできないですけど。 ──ご自身もひとり親家庭で育たれたんですね。 そうですね。父との交流は今でも続いていて、出産前ですけど、父と旅行とかもしていました。今は母と父の関係は良好で、父が母のもとに遊びに来たりもしています。 子どもの頃は、ひとり親であることが何か恥ずかしいという感じがしていました。別に引け目を感じることではないと思うんですけど、「ひとり親だと貧乏なんじゃないか」とか、そういう偏見をクルクルと子どもの頭ながら考えてしまうんですよね。それもあって、離婚したことは周りの人には言っていないです。 例えば、これは私の今のママ友の話ですけれども、「何々さんちの子がいじめられたんですって、いじめた子はひとり親なんですって」っていう話をしてきたんですね。私がシングルだということは知らないので。お母さんしかいないから、叱ってくれる人がいないから、子どもがだらしないんじゃないかとか、乱暴なんじゃないかとか。まだそういう偏見があるんだなって思いました。 子どもが学校で親が離婚していることがわかって、いじめられたり、差別を受けたり、偏見を持たれたりしたら嫌だなというのもあって。学校の先生は公言しないと信じているので言いましたけど、ママ友とかには言っていないです。 困ったときに安心して相談できるのは、本当の他人ですね。近くにいる人ではなくて。あるNPOのメルマガには登録しているのですが、まだ相談したことはありません。
今井 悠介(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事)