誰だって認められたい
「人はいくつになっても、どれほど成功していても、他人に認めてもらうことに飢えている。」(ステファン・M・ポーラン)※ エグゼクティブ・コーチングのクライアントは、革新的なゴールを設定し、その達成に向けて意欲的に行動変容を起こしていく経営トップの方々ばかりです。とはいえ、誰もがいつでもエネルギー全開なわけではありません。前途多難な状況だったり、何が正解かわからない中で意思決定したりと、不安や困難が常についてまわります。 「いやぁ、僕、すごい頑張ってんのよ、これでも」 「こんなことを思っているなんて、みんな、わからないだろうなぁ」 「これを伝えたら、反感を買うのはわかっているけど、でも役目だから」 鉄壁の鎧の隙間から、ほんの一瞬漏れる心の声。この瞬間に出会ったとき、私は次のようなメッセージを伝えることを大事にしています。 「あなたが寝る間も惜しんで準備を進めてきたことを、私は知っていますよ」 「これはあなたの信念を貫いた結果だと私には伝わっていますよ」 するとどんな方でも、「そうだよね」と少し照れながら安心した表情を見せ、また果敢にゴールに向き合っていかれます。 コーチングでは、相手の行動や成果・成長、さらには相手の存在そのものに対して「気づいている」と伝える行為を「アクノレッジメント」といいます。良し悪しを評価するのではなく、その人の存在、振る舞いなどの事実を認め、それを伝えます。こうした関わりによって、双方の安心感と信頼関係が構築されることで、相手の行動変容が促進されていきます。
アクノレッジメントは双方向
私はコーチになってから、アクノレッジメントという視点を手に入れましたが、同時に「自分自身には必要ない」とも思っていました。元来のストイックな性格もあり、若手であればまだしも、経験豊富になれば自分で奮起できるし、前進できる、と考えていたからです。しかしうっかりすると、部下やクライアントなどに対しても、こうした自分の価値観で迫ってしまいがちになります。相手に合わせた関わり方をする必要を感じて、意識的にアクノレッジメントを心がけるようになったものの、実際に承認の言葉をかけたり、相手から承認の言葉をかけられたりすることに居心地の悪さを感じていました。 その頃に参加したコーチのトレーニングの中に、こんなエクササイズがありました。同僚と二人組になり、10分間で相手に対する50個のアクノレッジメントを紙に書いて渡し、それについて二人で話すというものです。 私のパートナーは、プライベートでも仲の良い同僚でした。よく知っている相手なので難しくないだろうと思ったものの、いざ書こうとすると言葉が出てきません。相手のことは大好きだし、尊敬もしているのに「優しい」とか「包容力がある」といった当たり障りのない言葉を20個くらい書き出すのが精一杯でした。 一方、彼女は、私の名前をフルネームで正確に書いてくれたことに始まり、 「仕事の進め方が丁寧で信頼できる」 「メッセージが正直でまっすぐな人柄である」 「自ら学び続けている姿勢に刺激を受ける」 など、具体的なことを52個も書いてくれたのです。 そのトレーニングでは伝えられなかった残り30個の言葉は、トレーニングの後に一生懸命考えて、50個にして渡しました。彼女に伝えるアクノレッジメントの言葉を考えているとき、喜ぶ顔を想像してワクワクしましたし、同じチームで仕事できることが楽しみで仕方ありませんでした。 アクノレッジメントは、アクノレッジされる人だけでなく、アクノレッジする人とされる人の関係に対しても大きな影響を与えうるのです。 実は私は、彼女からもらった紙を写真に撮り、スマホに保存しています。ときどき読み返してはニンマリし、「こんな風に私を見てくれている」「認めてくれている」とやる気に満ちていくのです。「自分にアクノレッジは必要ない」と思っていた私が、アクノレッジしあうことのパワーを実感する機会になりました。