【尾上松也さん】活躍の場を広げる人気歌舞伎俳優が目指すのは?<令和を駆ける“かぶき者”たち>
松也さんは、これまでの「團菊祭」で、2019年の『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)』で御所五郎蔵に抜擢され、2023年は『寿曽我対面』の曽我五郎も勤めた。そして今年2024年の「團菊祭五月大歌舞伎」の昼の部では『鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)』の河津三郎、雄鴛鴦の精を勤める。 『鴛鴦襖恋睦』は「相撲」と呼ばれる上の巻と「鴛鴦(おしどり)」と呼ばれる下の巻で構成された人気のある歌舞伎舞踊の一つ。上の巻では遊女喜瀬川(尾上右近)が行司となって、河津三郎(尾上松也)と股野五郎(中村萬太郎)が相撲を取り、相撲の起源や技で恋争いを舞踊で表現している。争いに負けた股野は河津への遺恨をはらすために、河津の心を乱そうとして鴛鴦の雄鳥を殺し、その血を混ぜた酒を河津に勧めて立ち去っていく……。下の巻では夫を殺された雌鳥の心情を描いた“クドキ(女性の切ない心情を表現する場面)”や姿を現した股野を前に本性を顕す鴛鴦の精の“ぶっかえり(上半身の生地を重ねて仮縫いした部分の糸を引き抜いて生地が垂れることで瞬時に衣裳を変える手法)」などが見どころの作品だ。 ──これまでも「團菊祭」では幕開きの演目を勤められていますが、その心境をお聞かせください。 松也:「團菊祭」という我々菊五郎劇団にとって大切な公演ですので、とても嬉しいです!これまでも御所五郎蔵や曽我五郎を勤めさせていただいて、その都度嬉しいのですが、「團菊祭」で主演の演し物を持たせていただけるということ自体が夢のようで、感慨深いものを感じています。チラシの配役の一番右側に自分の名前が載っていることのありがたさを毎回痛感しています。 今回『おしどり』に出演させていただきますが、踊りに関してはまだまだ未熟だと感じていますので、こういった場で主演をさせていただくことは、自分にとって良いチャンスだと思っています。踊りの上手いとか下手だとかいうことが一体どういうことなのかは、僕自身も正直言ってわからないところもありますので、僕が目指すべきなのは、自分ができることで、“自分の色”というものを出すことなのかな、と。基本的には踊りもストーリーがあり、感情があって、振りにも気持ちが表れている。そういう心を大事にして、形にしていきたいと思います。 ──初日を迎えて 5月4日に取材 「團菊祭」では、どんなことを実感していますか? 松也:『おしどり』は不思議な世界観の舞踊劇ですので、お客様がその華やかさや美しさに目を奪われているような表情でご覧になっているのを見て、踊る側としてもとてもやり甲斐を感じています。 前半は舞踊で相撲を表現するところが面白いですよね。物語の展開としては少し急ですが、そこに歌舞伎舞踊ならではの魅力であって、面白いと思いながら勤めさせていただいています。後半は打って変わって夫婦の鴛鴦のしっとりした模様が描かれています。歌舞伎らしい大胆な演出技法やいわゆる“クドキ”という情愛を表現する部分、音楽が長唄と常磐津で分かれているところなど、楽しんでいただける要素がたくさんある演目だと思います。 今回、股野を演じている萬太郎さんとは久しぶりの共演ですが、彼はとても真面目で誠実な方なので、一生懸命に体と声で役を体現されているのが伝わってきます。河津三郎と喜瀬川だけでは引っ張っていけないところを萬太郎さんがバランス良く導いてくださっていると思います。後半は、前半とは全く違ったテンポ感に変わりますので、気持ち的な部分で間を埋めたり、間を作ったりしていくことがとても重要になってきます。喜瀬川を勤める右近くんとは、目を交わすだけで気持ちが通じるので、毎日楽しく演らせていただいています。あえて変えているわけではありませんが、毎日違うニュアンスを感じながら演じなければ、特に後半はうまく伝わらないと思います。 2024年の團菊祭の昼の部では「四世市川左團次一年祭追善狂言」として『毛抜』が上演されています。この作品に出演しているお気持ちをお聞かせください。 松也:亡くなられた左團次のお兄さんには本当に可愛がっていただきましたので、そのご恩を思いながら勤めさせていただいています。左團次のお兄さんは皆に愛されていましたし、僕も大好きな方でした。今回は(市川)男女蔵さんが粂寺弾正をなさっていて、その舞台にご一緒できることはとても嬉しいですし、左團次のお兄さんを思い出しながら、毎日演じています。 尾上松也(ONOE MATSUYA) 東京都生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り、初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主宰。近年は花形俳優の中でリーダー的な存在として頭角を現し、「新春浅草歌舞伎」では15年から座頭格として『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の早野勘平、『与話情浮名横櫛 源氏店』の与三郎など、古典作品の大役に挑んだ。ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役など歌舞伎以外の演劇や日曜劇場『半沢直樹』(20年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『ミステリと言う勿れ』(23年)などの映像作品、バラエティ番組といった幅広い分野で活躍している。