『虎に翼』直言は“優しすぎる”のが欠点? 朝ドラの歴代“ダメ親父”たちと比較する
戦後を描く『虎に翼』(NHK総合)第9週。寅子(伊藤沙莉)の兄・直道(上川周作)の戦死に家族が悲しみに暮れる中、直言(岡部たかし)がある重大な知らせを隠していたことが判明する。それは、寅子の夫である優三(仲野太賀)の死亡告知書だった。娘を思っての行動とはいえ、優三の帰りを待っていた寅子の気持ちを考えるとやり切れない。 【写真】寅子(伊藤沙莉)に優三(仲野太賀)の死亡を告白する直言(岡部たかし) 朝ドラの登場人物ならびに出演者が発表された時、毎回注目を浴びるのはヒロインの父親だ。ヒロインの人生観に大きな影響を与える重要なキャラクターであり、演じるキャストも円熟味のある俳優が演じることが多い。 一方で、主人公の足枷となる“ダメ親父”として悪い意味で話題になることも。その際たる例が『おちょやん』(2022年度後期)のテルヲ(トータス松本)だろう。酒と博打に溺れ、食い扶持を稼がせるためにヒロインの千代(杉咲花)をわずか9歳で奉公に出したテルヲ。いくら縁を断ち切っても、借金をするたびに千代の前に現れるゾンビのような男で、刑務所で千代の幻影を見ながら一人寂しく逝く壮絶なラストも視聴者に衝撃を与えた。「見るのも嫌」と言われるほど嫌われまくったテルヲだが、裏を返せばそれだけトータス松本の演技が凄まじかったということ。後番組の『あさイチ』(NHK総合)にゲスト出演した際に、トータス松本が「オレじゃない!」とテルヲとは別人であることを強調していたのが印象に残っている。 テルヲを少しマイルドにしたのが、『スカーレット』(2019年度後期)の常治(北村一輝)。常治の事業失敗により一家は貧しく、そのしわ寄せは長女であるヒロイン・喜美子(戸田恵梨香)に及んだ。娘に犠牲を強いて自分はしばしば呑んだ暮れる。性格も見栄っ張りでキレやすく典型的な昭和のダメ親父だったが、常治は意外にも視聴者から愛されたキャラクターだった。それは一応働き者だったことと、随所に娘への愛情が溢れていたからだ。気持ちとは裏腹な言動を取ってしまう不器用で、ちょっとした可愛らしさもある父親を北村一輝が体現した。 『虎に翼』で寅子を法曹界に導いた明律大学の教授・穂高重親に扮する小林薫も過去の朝ドラでダメ親父を演じている。『カーネーション』(2011年度後期)の善作。ヒロイン・糸子を演じたのは、これまた『虎に翼』でナレーションを務める尾野真千子だ。同作では、 洋裁師を志す糸子と、それに断固として反対する善作の長きに渡る戦いを描いた。家庭内では暴君そのものだが、意外と小心者で外面がいい善作は穂高とは対照的なキャラクター。改めて小林薫の演技力の幅に驚かされる。 ここ数年の朝ドラには“ダメ親父”と言い切れるほどの父親はいないが、まっすぐに良い父親であることも稀で、精神的に未熟さもあるキャラクターとして描かれることが多い。例えば、『おかえりモネ』(2021年度前期)で内野聖陽が演じた耕治は働く銀行でも出世頭で、気象予報士を目指すヒロイン・百音(清原果耶)を応援する頼もしく優しい父親だったが、過保護過ぎる一面も散見された。 憎み切れない愛され親父といえば、『ブギウギ』(2023年度後期)で柳葉敏郎が演じた梅吉も。夢見がちで、愛する妻・ツヤ(水川あさみ)を病気で失ってからは酒の量が増え、娘のスズ子(趣里)に迷惑をかけることもあった。けれど、スズ子を溺愛していて、のちに国民的歌手となる彼女の一番のファンだった梅吉。柳葉敏郎がチャーミングに演じてくれたからこそ、途中でダメ親父の片鱗を見せても梅吉は嫌われず、最後まで愛された。 もし朝ドラのダメ親父ランキングがあったなら、おそらく岡部たかし扮する直言はランク外。気が小さく妻・はる(石田ゆり子)に頭が上がらない直言は頼りないが、娘である寅子のことがかわいくてしょうがないという雰囲気が全身から漂っている。寅子がお見合いを蹴り、明律大学女子部に入学したいと言った時も家族の中でただ一人だけ応援してくれた。あの時代にしては珍しく理解ある良い父親だと思う。 けれど、その優しさが仇となることも。共亜事件で逮捕された時も冤罪にもかかわらず、検察から罪を認めればみんなが釈放され、家族もこれ以上苦しい思いをしなくても済むと言われ、自白してしまった直言。優三の死亡告知書を隠したことも正しい判断ではなかったかもしれないが、正しさが通用しない時代とも言える。 直道の戦死を告げた時に泣き崩れる花江(森田望智)を見て、直言は寅子に同じ思いをさせたくないと思ったのではないだろうか。自分の身体も弱っている今、娘の苦しみを一緒に受け止める自信がなかったのかもしれない。胸の痛みで身悶えしながらも、優三の死亡告知書を手にとった寅子に「見るんじゃない!」と必死で訴えかける壮絶な演技に岡部の真骨頂を見た。直言の優しさでもあり、弱さでもある嘘を寅子はどう受け止めるのだろうか。
苫とり子