<一貫の春>センバツ・広島新庄 私がみた「新庄野球」 打線も住民も「つなぐ」 広島支局・手呂内朱梨 /広島
第92回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)は11日に中止が決まり、6年ぶり2回目の出場が確定していた広島新庄は、気持ちを新たに「夏」に向けて再始動することになった。野球のルールもろくに知らないまま2019年春に入社した私だったが、その年の秋季県大会から取材し続けた広島新庄には魅せられた。チームスポーツの面白さとともに、人と人をつなぐ「新庄野球」の奥深さを感じた。 【動画】センバツ出場校、秋季大会熱闘の軌跡 「しおはら」。栃木県に暮らした5歳のころだ。両親と観戦したプロ野球の試合で、幼い私は巨人の主砲だった清原和博さんの名前を言えなかった。進んだ高校では地方大会の応援に足を運んだもののさほど熱を帯びず、野球と言えば華のある本塁打ぐらいしか興味が沸かなかった。そんな私が、野球を担当することになった。試合では写真も撮らねばならない。入社直後は「シャッターチャンスを逃すまい」と打席に集中するあまり、盗塁に気付かないありさま。上司と顔を合わせるのが恐ろしかった。 ただ、センバツは重要な選考資料となる各地区の秋季大会を経て、例年1月に出場校が決まる。このため担当記者は長い期間、一つのチームと向き合うことになる。野球取材の若葉マークをつけていた私にも、広島新庄の選手や指導者、チームを支える地域の人たちを訪ね歩き、見えてきたものがあった。 選手や卒業生はよく「新庄野球は『小さい野球』」と口にした。守備を重要視し、打撃では単打やバントでつないで地道に得点を重ねるスタイルだ。「野球の華は本塁打」と思っていた私には驚きがあった。仲間を信じて好機をつくり、後続に託す。迫田守昭監督は「うちにはスーパースターはいない」と謙遜していたが、誰もが黒衣になり、誰もがヒーローになる可能性を秘めたチームと感じた。 選手同士が掛け合う声からも、野球がチームスポーツであると実感した。実戦形式の練習では投げる、打つの所作に全員が集中し、誰彼なく「低め(のコースへの投球)いいね」「バッター、狙いいいぞ」などと言い合う。ミスをした仲間に活が入る日もあったが、言わねばならないことに口をつぐめば選手間に溝ができる。チームプレーの基礎が、声を掛け合って築いた信頼関係にあると思った。 チームを取り巻く人たちの心にも触れた。広島新庄は中国山地に臨む北広島町にある。先々で出会った人たちは、わが町の球児たちに誇りを感じていた。14年のセンバツで応援した関係者は「校歌を甲子園で聞けるとは思わなかった」と言い、ある町民の男性は「新庄の試合がテレビ中継されるときは、町内に人通りがなくなる」と話していた。 進学や就職で古里を離れれば、同級生であろうとも疎遠になってしまうご時世だ。だが町では、広島新庄のプレーに一喜一憂する住民たちがいた。打線をつなぎ、住民同士をつなぐ「新庄野球」がそこにあった。 第92回大会の中止が決まった11日、下志音主将(2年)は「中止は残念だが、今までの練習を最後の夏につなげたい」と語った。広島新庄を見守ってきた人たちは、センバツに向けて努力を惜しまなかった選手たちを決して忘れない。それはきっと、新たな目標に向けて動き出す選手たちへの大きなエールとなるはずだ。=「一貫の春 センバツ・広島新庄」は終わります。