【オーストラリア】【有為転変】第197回 NEMESIS(報復)の政治、なれ合いの政治
今年1月末から2月にかけて、オーストラリアの公共放送ABCが3回にわたる特集番組「NEMESIS(報復、強敵などの意)」を放映して興味深く観た。トニー・アボット、マルコム・ターンブル、スコット・モリソンという3代の首相による保守連合(自由党・国民党)政権の誕生と転覆を、当時の閣僚らによる証言で振り返った3部構成番組だ。これを見て、日本との違いにあらためてため息が漏れている。 同番組は、2013年の総選挙で保守連合が勝ちアボット政権が誕生するところから始まり、2015年にターンブル氏が下克上を演じて首相の座を奪い、さらに今度はターンブル氏が内乱で首相の立場を追われてモリソン政権に代わり、22年の総選挙でモリソン政権が倒れるところまでを描いている。 この番組が筋金入りで面白いのは、登場する元首相や保守連合議員らが、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで、当時の首相や同僚を一刀両断していることだ。 対象となる当時の首相を「ひと言で言い表すと?」という、議員への共通質問があったが、例えばターンブル氏は、政敵でもあったアボット氏を「ネガティブ」、モリソン氏を「duplicitous(二枚舌)」とこき下ろし、同僚議員もターンブル氏を「皮相的」「利己的」などと斬っていた。 モリソン氏はアボット氏を「疲れ知らず(indefatigable)」と肯定的に表現したものの、ターンブル氏を一言では言い表さず「以前は友人だった」と述べた。評価がより多彩だったのはモリソン氏で、「リーダー」「信奉者」などの肯定的なものから、「失望」「支配者」などの否定的な見方まであった。 ■ABCの「映画作品」 この番組にはナレーションが一切なく、最初から最後まで保守連合議員に対してだけのインタビュー証言で成り立つ構成になっている。保守連合政権が自ら崩れていった内幕を、自分たちで解説している形だ。インタビューの対象者は60人以上に上り、労働党議員は一切出てこない。 オーストラリアのある新聞で掲載された3コマの風刺画では、「NEMESIS」を見たある男性が「心外だ!また左派ABCによる明らかな保守連合たたきだ!」と叫ぶと、2コマ目で友人が「一体どの政治家が情報を提供したんだ?」と聞き返す。すると3コマ目で最初の男性が言う。「保守連合だよ」――。この3回シリーズが、公正な内容だという印象を与えるのに成功したことを示している。 だが、違和感を覚えたのは、3回シリーズの後に、ABCキャスターと編集担当者が、番組編成やインタビューの「苦労話」を語る回が放送されたことだ。まるで、一般公開に先立って行われた映画の特別上映会で、監督がステージに出てきて得意げに語るのを見させられる感覚。さしずめ今回の「NEMESIS」も、ABCによる「映画作品」なのだろう。 番組を編集したのは、ABCのマーク・ウィラシー氏。日本の特派員も務めたジャーナリストで、日本の調査捕鯨プログラム内部の「組織的腐敗」の疑惑を報道し、国内の環境ジャーナリズム部門でユーリカ賞を受賞している。一方で、アフガニスタン紛争でオーストラリア部隊が現地で違法な殺害を行ったとする記事を共著し、名誉毀損(きそん)で訴えられて敗訴したこともある。 ■出演を拒否したアボット氏 この番組で、個人的に残念だったのは、アボット氏が出演を拒否したことだ。ABCは労働党寄りの左派で知られ、右派の象徴であるアボット氏よりも、中道左派のターンブル氏に近しいと常に揶揄(やゆ)される。そのためアボット氏は、自分が関わる業績や更迭劇が、ABCに否定的に編集されるのには耐えられなかったのだろう。 実際に、3人の首相の中では、ターンブル氏寄りの編集があるのは垣間見えた。アボット氏の功績にはほとんど触れず、ターンブル氏の失態は少ない。第2回は、モリソン氏をけなすターンブル氏の言葉で番組が終わるので、モリソン氏のヒール役演出が際立っている。 そしてモリソン政権を扱った第3回では、2019年の年末に大規模な山火事があった渦中にモリソン氏がハワイ休暇を取った話題だけで約20分も費やしている。 アボット元首相の首相秘書官を務め、オーストラリアンのコメンテーターでもあるペタ・クレドリン氏は「自己崩壊する政権をドラマ化することばかり優先して、政権の功績を無視した」と批判していた。 しかし――。そうした面を考慮しても、オーストラリアの政治や報道文化が、日本と比べてはるかにましだと思われるのは、現在の日本の岸田首相をはじめとした、与党自民党議員の醜態を見せつけられているためだ。 オーストラリアの保守連合議員のように同僚を非難するどころか、明らかな違法行為に手を染めていても、首相や閣僚らは責任回避で結束して、頬かむりを決め込む。 国会の野党質問で、自民党議員の衝撃的な脱法行為が明るみに出ても、メディアは大騒ぎさえしない。 報復の政治は、政治家にとっては悲劇だが、なれ合いの政治は、国民にとって悲劇ではないか。【NNAオーストラリア代表・西原哲也】