ネット通販で購入した拡声器とマイク、のぼりも自分でデザイン 15歳が1人で始めた街頭演説 改憲の動きや戦争に危機感
◆教育現場の「?」
風に乗ったタンポポの綿毛が足元に落ち、再び飛んでいく。5月19日、佐賀県鳥栖市のJR新鳥栖駅前で、高校1年のふじみおんしさん(15)=漢字名非公表=がマイクを握り、口を開いた。「大きな音を立てて申し訳ありません」 【特集】学びのエンジン 「やりたいこと」の始め方 続いて日本国憲法の前文を読み上げる。そして、とつとつと話をつなぐ。「権力者が守らなければいけない憲法を、自民党が壊そうとしています」。2012年発表の自民党改憲草案が9条の「戦争放棄」を「安全保障」に改め、国防軍を持つと明記していることを念頭に訴えた。「戦争に行かなければならないのは私たち若者なんです」 人通りはまばら。それでも街頭で声を上げるのは緊張するし、喉も渇く。コンビニで買っておいたペットボトル入りの水に手を伸ばし、口に含んだ。 ふじみさんが主張の基にしているのは、自分が学んで「正しい」と思ったこと。その軸を左右されないように、現在は特定の政党に肩入れはしていない。 九州在住のふじみさんが政治に関心を抱くようになったのは、参院選があった2022年。自宅のテレビで動画投稿サイト「ユーチューブ」を見ている時、ある街頭演説の動画が表示された。政治的な動画は家族も含めて視聴していなかったはずだが、なぜか「お薦め」に上がってきており、深く考えずに見てみた。 現在は、れいわ新選組の代表で参院議員の山本太郎氏が街頭に立ち、聴衆の1人の男性の持論を静かに聞いていた。山本氏が意見を述べ始めると、男性がそれにかぶせて再び話し出す。そんな場面を撮影した8分間余りの動画だった。 どんな政党なのかインターネットで調べると興味が湧き、動向をチェックするようになった。 23年9月、同党が福岡市・天神でデモを計画していることを知り、1人で参加してみた。音楽に合わせて山本氏が「税金、下げろ」などとコールし、続けて参加者も声を張る。「堅苦しいもの」と思っていたデモのイメージが一変した。 24年1月、インターネットで知り合った若者の誘いで、政治団体「奨学金チャラJAPAN」に加わった。奨学金の返済に苦しむ大学生をなくすため、教育無償化と奨学金の帳消しを掲げており、代表の専門学校生が東京の街頭で演説をしていた。 その動画を見て、「自分もやってみよう」と思い立つ。インターネット通販で拡声器とワイヤレスマイクを購入。のぼりも自分でデザインして注文した。 5月6日、初めての街頭演説に独りで立った。恥ずかしさと不安に押しつぶされそうになりながらも、憲法の話をした。気付けば、2時間ぶっ続け。言葉があちこちに散らばり、主張がぼやけた場面もあったが、顔を上げたまま声に力を込めた。 気付くと遠方に1人の男性がいた。批判めいた声が聞こえてきたため話しかけた。「マイクを渡しましょうか」。男性は手に取ることなく立ち去った。 自身の演説動画をX(旧ツイッター)に投稿すると、すさまじい反響があった。5日間で150万回ほど再生され、次々と転載された。700人に満たなかったXのフォロワー数は1週間で約4千人に増えた。 5月19日は3回目の街頭演説だった。次回以降の演説の告知をしたことで、賛同者も出始め、福岡県などから9人が駆け付けた。現役高校生も1人いた。ふじみさんが50分近い演説を終えた後は、その高校生もマイクを握った。 社会の仕組みに関する見識を広げ、言葉の説得力を増すため、これまでに憲法関連の本を約60冊購入して読み込んでいる。理解とともに深まるのは、自分たちの世代が戦地に送り出されるかもしれないという危機感だ。実際、海外では戦争が起きており、事態収束のめどは立っていない。 「人ごとで済ませられる問題じゃない。自分が問題を訴えていかないと。『他の誰か』がやってくれるわけでもない」。目の前の大人たちが足早に通り過ぎたとしても、声を上げ続ける決意は揺るがない。 (編集委員・四宮淳平) 【未成年者の政治参画】2016年の参院選から選挙権年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた。これに合わせて文部科学省は15年、高校生が放課後や休日に校外で行う政治活動や選挙運動を容認する通知を都道府県教育委員会などに出した。若者の意見を政治に反映させていくことが望ましいとした上で「今後は、高等学校等の生徒が、国家・社会の形成に主体的に参画していくことがより一層期待される」とした。その際、学校内外を問わず全面的に生徒の政治活動を禁止していた1969年の文部省(当時)通知は廃止された。
西日本新聞