沖縄のマンション、400本の“ねじねじ”も手放したが…生前整理を進めていた中尾彬さんが明かしていた「最後まで捨てられなかったもの」
俳優の中尾彬さんが16日、心不全のため81歳で亡くなったことがわかった。 本誌記者は今年2月、中尾さんが取り組んでいた「生前整理」について取材していた。中尾さんが語っていたこととは。 【写真】中尾彬さんが奥さんとつくった「生前墓」
整理前は“ねじねじ”が400本あった
東京・不忍池の近くにあるタワーマンション。取材時間になると、カーディガンにパンツ姿で住居スペースから現れた。その足取りはやや覚束ないように見受けられたが、声色に衰えは見られず、滑舌もよく、はきはきと力強い声で語るなど、その姿はテレビで見ていた「中尾彬」そのものだった。 そして物腰は柔らかく、「なんでも聞いてください!」と終始、記者のくだらない質問にまで付き合ってくれたことが、強く印象に残っている。 ――2013年ごろから本格的に生前整理を始められたと伺いました。 「そもそも長く生きていると身近にものがたくさんある。買ったときは焦がれて手に入れたわけですが、意外といらなくなってくるんだよね。あげくに似たようなものを買っちゃうのよ。 “ねじねじ”だって、整理する前は400本あったんだよ。時計にしたって、眼鏡にしたっていろいろ集めちゃって。ひとつありゃいいものを、何個もね。 本もたくさん集めましたよ。開高健さんや吉行淳之介さんの本が好きで良く読むのですが、読んでいるうちに初版本が欲しくなって、集めてしまって。その他豆本やらいろいろ集めましたよ。 これは男の性でしょうね。収集癖というのでしょうか。女性で『骨董をやっています』なんて人は少ないじゃない。 でもそうやって集めていると、次第に使ったり読んだりしなくなってしまう。集めるのが目的になってまた別のものを手に入れようとしてしまう。 きっかけは沖縄のマンションだね。男なら一度は別荘を持ってみたい。そう思って60歳のときに購入したんですよ。楽しかったんだけれども16年別荘に通ううちに意外と掃除が面倒だな、と思うようになってね。 いろいろ考えると、そういえばものを持ち過ぎだなと思うようにもなりまして。私たち夫婦には子供はいませんが、冷静に考えると残しておくと残された方は困るなとも思ったのです。 思い入れのあるものといっても、自分の世界の中での話ですからね」