ロブスターが溶けてしまう恐れも、北米東海岸のメーン湾で今何が起きているのか?
40年以上潜り続けてきた写真家が急激な変化と驚くべき影響をリポート
北米の東海岸沿いに9万3000平方キロにわたって広がるメーン湾は、恵み豊かな海だ。南は米国マサチューセッツ州コッド岬から、北はカナダのニューブランズウィック州に及ぶ。沿岸の陸地から何本もの川が海へと注ぎ込む上に、大陸棚からの湧昇やメキシコ湾流、ラブラドル海流、反時計回りの沿岸流が、ここならではの形でぶつかり合い、それぞれが運んできた栄養分が混ざり合う。また、地理的に温帯に属しているため、季節によって海水が比較的暖かい層と冷たい層に分離する。その結果、歴史的に豊かな生命が育まれてきた。 【動画】パステルカラーのロブスターが見つかる しかし、状況は変わってしまった。 海洋科学や自然保護に携わる人々は、2015年に、当時メーン湾研究所で最高科学責任者を務めていたアンドリュー・パーシングが学術誌「サイエンス」に発表した論文を読んで以来、警戒感を強めていた。それから数年のうちに、地域住民の間でも、メーン湾が世界の海域の99%を上回る速さで温暖化していることが共通認識となった。 しかし、乱獲と気候変動の重圧にさらされるなかでも、一時的にせよ、恩恵を受けてきた種も存在する。これまでのところ、メーン湾の水温はアメリカンロブスターの繁殖に適した範囲内にとどまっていて、ロブスター漁は活況を呈しているようだ。ただし科学者は、いくつかの懸念すべき変化にも気づいている。 海岸付近の水温が23℃以上に上昇すると、雌のロブスターははるか沖合にとどまるようになる。すると、沖合で海中へ放出された子は、より生存に適した食料源や生息環境へと彼らを運んでくれるはずの海流に乗れなくなるかもしれない。 ロブスターの幼生は動物プランクトンを食べる。大好物は、冬を乗り切るためにたっぷり脂肪分をため込んだ、体長2~3ミリのカラヌス属のカイアシ類だ。海水が暖かくなると、カラヌス属のカイアシ類はもはやそれほど多くの脂肪分を必要としなくなり、サイズが小ぶりになる。すると、ロブスターの幼生は栄養源を失ってしまう。 それに加えて、水温の上昇によりカラヌス属の移動時期が変わり、ロブスターの幼生が放出される時期とのずれが生じつつある。このため、雌のロブスターが以前と同じ数の卵を産んでも、成体になるまで生き延びる個体数は減っている。2023年、メーン州のロブスターの年間漁獲量は、ニューヨーク、コネティカット、ロードアイランド各州の沖合と同様、過去15年間で最も少なくなった。 ロブスターにとってはさらに悪いニュースがある。気候変動を引き起こしている二酸化炭素の排出が、海水の温度だけではなく、化学的性質にも影響を及ぼしているのだ。 海水はしだいに酸性を強めている。メーン州にあるビゲロー海洋科学研究所の海洋学教授デビッド・フィールズによれば、サンゴ礁からカイアシ類まで、カルシウムの外骨格やキチン質の殻をもつ生物はすべて、酸性化によって骨格や殻を形成できなくなったり、溶けたりする可能性がある。10~20年後には、若いロブスターの壊れやすい外骨格も危険にさらされているかもしれない。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版6月号特集「変わる海を記録する」より抜粋。
写真・話゠ブライアン・スケリー/聞き手゠アンナ・ピール