ペ・ドゥナが語る、女性たちをめぐる映画界の変化【GQ VOICE】
第36回東京国際映画祭(2023年10月23日~11月1日開催)の公式プログラムであるケリング「ウーマン・イン・モーション」のトークイベントに登壇するため、世界的に活躍する韓国の俳優、ペ・ドゥナが来日。イベントの後、『GQ JAPAN』の単独インタビューに応じてくれた。(2023年1&2月号掲載) 【写真つきの記事を読む】是枝監督やペ・ドゥナら
ケリング「ウーマン・イン・モーション」は、映画界における女性に光を当てるべく、2015年カンヌ国際映画祭を起点に創設されたプログラムだ。東京国際映画祭においては、19年、22年に続き3度目の開催となる。昨年、俳優の松岡茉優とともにスピーカーとして登壇した是枝裕和監督は、『真実』(19)や『ベイビー・ブローカー』(22)をそれぞれフランス、韓国で制作した。それらの経験を踏まえ、2022年に西川美和監督や岨手由貴子監督らとともに「action4cinema」を立ち上げ、日本映画界の環境改善に取り組んでいる。その是枝監督の推薦を受け、韓国の俳優であるペ・ドゥナがトークゲストとして招待された。 ペ・ドゥナは、是枝監督の『空気人形』(09)や山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(05)などの日本映画でも主演しており、日本にも多くのファンを抱える。また、ウォシャウスキー姉妹が手掛けた『クラウド アトラス』(12)、『ジュピター』(15)をはじめ、ハリウッドにも進出。母国の韓国では、ポン・ジュノやパク・チャヌクといった大物監督の作品に出演する一方で、インディーズ映画にも出演するなど、幅広く活躍している。23年の8月には、高い評価を得ているチョン・ジュリ監督の第2作『あしたの少女』が日本公開されたばかりだ。 トークイベントでは、22年に短編で監督デビューを果たした人気俳優の水川あさみ、マイケル・マンらが監督を務めたTVシリーズ『TOKYO VICE』や、女性監督たちによるオムニバス映画『私たちの声』などの国際共同制作を手掛けるWOWOWのチーフプロデ ューサーである鷲尾賀代とともに、「映画界における女性をめぐる環境」をテ ーマに率直に意見交換を行った。 韓国映画界における現状を「私がデビューした25年前と比較すると、女性の映画人が現場で働く環境は本当に良くなりました。かつては、韓国映画界に女性監督は数えるほどしかいませんでした。現場にも女性スタッフはいましたが、最年少だと可愛がられるけれど、監督という立場になると摩擦が生じるのです。私は若い頃、そのような状況を目撃して、どうして男性監督なら生まれない軋轢が女性監督では生まれるのか、不当だと感じていましたが、今はそのようなことはなくなりました」と語り、「最近、チョン・ジュリ監督と『あしたの少女』を撮りましたが、女性スタッフがたくさんいる現場でした」と続けた。 この20年あまりの間に起こった変化にはさまざまな理由があるが、当然ながら2017年の秋から始まった#MeToo運動の影響は大きい。 「私は、不義には当然、声を上げるべきだと考える人間です。#MeTooによって声を上げられるようになり、人々は(問題について)口に出して語り、性差別や人種差別についても意識するようになりました。ポップカルチャーにおいても、今は政治的な正しさが求められます。何をどう語るべきかは迷いますが、今は過渡期だと思います」 また、出演作品においては、「新人監督でも巨匠でも、女性監督でも男性監督でも、そして超低予算映画でも、私には関係ありません」と、すべては脚本ありきだと明言しながらも、「チョン・ジュリ監督のような人、特に才能のある女性監督や、世に出るタイミングを待っている女性監督たちがデビューできる機会を、私も女性映画人として応援したいです」と語った。 ■年齢を重ねた現在のほうが自由でいられる トークイベント後に行った単独インタビューでは、映画、とくに大作においては男性キャラクターが多い、という現状に話が及んだ。 「男性が主人公の作品が多いというのは、あくまでも商業映画においての話ですが、そこでも、最近では状況が良い方向に変わってきていると思います。最近では、キム・ヘスさんとヨム・ジョンアさんが主演している『密輸』(23)が大ヒットしました。が、それでもほとんどの映画で、やはり男性主演の作品が多いですよね。今ふと思ったのですが、これまで、商業映画の中での女性は、紅一点の役割を担うことが多かった。でも、最近では女性同士の連帯も描かれます。また、以前であれば男性が演じていたような、例えば、逆境を乗り越えたり、死の淵から生還したり、悪の一味と戦うアクションを女性が演じたりする、そんなストーリーも生まれてきている。やはり、映画界は少しずつ変わってきているなと。これはやはり、#MeTooという全世界的に広がった運動が、韓国の映画のストーリーにも影響を与えたのではないかと思います。言い方が少しキツいかもしれませんが、お飾りのような女性キャラクターも少なくなってきていると思います。こうした変化は、観客の力によるものだとも感じています」 韓国は日本以上に競争社会であり、『パラサイト 半地下の家族』(19)をはじめ、学歴や貧富などの「格差」を背景に描いた作品も多い。実際に、そうした社会で俳優として生きるなか、ルッキズムについてどのように感じているかを聞いてみた。 「私自身のことで言えば、若い時からそのようなプレッシャーは感じませんでした。第一、俳優はきれいでないといけないとも思いません。基準をどこに置くかによって判断も違ってきますし、そもそも美醜を決めることは重要ではないと思います。以前、撮影現場で私の髪にあった白髪を隠すように言われたことがあったのですが、白髪のなにが悪いのかもわかりません。そういう意味では、これまで女性は、男性よりもそういった基準に適応すること を余儀なくされてきました。実際には、 若い人ほど容姿に対する執着があるように感じます。男性でも。そういう意味では、男女の差異がなくなってきているのかもしれませんが」 25年のキャリアを誇るペ・ドゥナだが、20代よりも年齢を重ねた現在のほうが自由度が高いという。 「20代、30代の頃は、自分自身よりも大事なこと──例えば仕事や社会のこと、周囲の人のこと──がありました。今は、自分自身に向き合うことができて、より自由になれている気がします。自分が何をしたいのか、どんな作品に出たいのかも明確です。でも、だからこそ、私たちの後に続く若い世代については、いろいろと気を配るようになってきました。彼らに良い前例を示したい。同じレールに乗らなくても、こんな自由な道もあるよ、ということを示していけたらいいなと思います」 ペ・ドゥナ(Bae Doona) 1979年、韓国・ソウル特別市生まれ。幼い頃から演技に興味を持ち、モデルなどを経て、1999年に映画デビュー。ポン・ジュノ監督の長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』(2000)でブレイク。韓国国内で着実にキャリアを積む一方、ハリウッドにも進出している。 【ケリングが女性を支援する「ウーマン・イン・モーション」】 2015年からカンヌ国際映画祭オフィシャル・パートナーとなったケリングは、映画業界の表舞台と裏側で活躍する女性たちに光を当てることを目的として、プログラム「ウーマン・イン・モーション」を発足。以来、プログラムは映画をはじめ、写真、アート、デザイン、音楽、ダンス分野に広がり、著名人が女性の立場について意見を交換するトークイベントも開催する。2023年の東京国際映画祭では、映画評論家の立田敦子がファシリテーターを務め、俳優のペ・ドゥナと水川あさみ、プロデューサーの鷲尾賀代の3人が、韓国、日本、米国の映画業界における女性を取り巻く環境、課題と未来について語った。 取材と文・立田敦子、編集・横山芙美(GQ)