「坂本龍一は献身的なミュージシャンだった」 “テクノの重鎮”デリック・メイ、多大な影響を受けたYMOの衝撃
■『攻殻機動隊』『AKIRA』日本のアニメへのリスペクト
ーー『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』のサントラ制作に関わった1997年は、まさしくあなたや〈Transmat〉のイメージが確立された頃かと思います。ゲームとクラブカルチャー、当時このふたつには今以上に距離があったと推察するのですが、異なる領域に踏み込むことに抵抗はなかったですか? デリック:それはなかったね。むしろこの話をもらったときはめちゃくちゃ興奮したよ。確かに当時のアメリカでアニメカルチャーに理解があったのはアンダーグラウンドの人間ぐらいだったかもしれないが、俺はそもそも『AKIRA』の大ファンだったからな。『AKIRA』に関してはアニメだけじゃなくて漫画も全部持ってるし、部屋中にコレクションがあるよ。この作品がアメリカに輸入されたとき、カートゥーンみたいにポピュラーなものではなくてアートに近かった。アートミュージアムの中にあるシアターでしか上映されないような作品だったね。そもそも“アニメ”って言葉も一般的じゃなかった気がするよ。そして『攻殻機動隊』もそれに限りなく近い存在だったように思う。 ーーこのサウンドトラック、全員集まればフェスができそうなメンツによって制作されていますが、そもそもコンセプトとして「テクノ」を前提としていたのですか? デリック:俺はまったく聞かされてなかったな。Westbamが参加することだけは知ってたけど、それ以外は何も関知していなかった。アルバム『イノベイター』とミックスコンピレーション『Mix Up Vol.5』をリリースするにあたって、当時Sony Musicにいた弘石(雅和)さんから続けてこの話を受けたんだ。自分の仕事を終えてから誰が参加してるのかを知ったわけだけど、まぁ驚いたよ(笑)。もちろん、良い意味でね。 ーー私は世代的に後追いでこのサウンドトラックを知りましたが、この作品でテクノに開眼した人もいると思うんです。ダンスミュージックのアルバムとして完成度が非常に高い。 デリック:俺もそう思う。Zepp Shinjuku(TOKYO)のイベントにも言えることだけど、テクノがクラブカルチャーの外で鳴ることに意味があるよね。新しい世代やほかの界隈の人たちがこの手の音楽に触れる機会を作れるというか。その意味でも、このプロジェクトに参加できて本当に光栄だよ。 ーー“世代を超えて”という点においては、デトロイトのカルチャーが大いにヒントになるのではないでしょうか。2023年に『Movement Music Festival』に行きましたけども、世界中から様々なジャンル/世代のアーティストを招聘しながら、Octave OneやKyle Hallなどデトロイトのローカルミュージシャンにフォーカスしたステージもありました。自分たちのカルチャーを発信していこうという意図を感じましたね。 デリック:良い着眼点だね! やっぱり伝統が大事なんだろうな。自分たちがやってきたテクノがデトロイト以外の人間に盗まれるとか、難しい時期もあったんだ。搾取と戦わなければいけなかった歴史もあって、より自分たちのカルチャーを大事にしようとする考え方があるんだと思う。今でもそういう戦いはあるからね。40年近い歴史があると、やはり軋轢に向き合わなければいけない瞬間は出てくるよ。何かを成し遂げたっていう実績だけでやっていくのは難しいと思う。ベルリンのテクノカルチャーがユネスコの無形文化遺産に認定される一方、デトロイトの人間はそんなこと考えたこともなかった。俺としてはそういったロビー活動に怒りはなかったが、ただ驚いたね。同時にそういう動き方も重要なんだと理解した。 ーー全く状況は異なりますが、日本でもそういった歴史の積み上げは重要かと思います。ageHaのオープン当初、あなたはDJ EMMAさんと共に3カ月間もレジデントDJとしてステージに立ちました。私はリアルタイムで体感できませんでしたが、まさに日本のクラブシーンにおける歴史と言ってよいのではないでしょうか。 デリック:大変だったけどな!(笑)。当時の俺はDJとしてだけじゃなくて、自分以外のアーティストを呼ぶ役割もあったんだ。世界中にageHaっていう素晴らしいクラブがあることを伝えたかったし、自分としてはそういうミッションも背負ってDJをやったつもりだ。当時は新木場という立地が難しかったよな。あの場所までお客さんに来てもらうってことがさ。クラブカルチャーを広める難しさよりも、俺としてはそちらにタフさを感じていたよ。まぁでも今となっては本当に良い思い出だよ。あのときの苦労は成長痛みたいなもんだと思ってる。ageHaの存在を周知させるのに時間はかかったけど、それをやり遂げた当時のチームは本当に頑張ったと思うよ。チームはみんな俺をリスペクトしてくれたし、親密な関係になれた。今でも仲良くしてくれる人もいる。 ーー今回の『攻殻機動隊』のイベントではVRなども使われましたが、テクノロジーが当時あった苦労を緩和してくれることもありそうですよね。 デリック:使い方次第だよな。もちろん便利なものはあったほうがいいんだけど、最も重要なのはクリエイティビティだ。テクノロジーが良い音楽を作ってくれるわけじゃないから、そのへんは忘れちゃいけない部分だね。自分のレーベルでもそのプライオリティが変わることはないと思う。「君はこのテクノロジーや機材を使ってるのか! 凄いな、ぜひ一緒にやろう」とはならない(笑)。今のは音楽を作る側の見方だけど、リスナーにとっても重要な気がするんだよね。テクノロジーによってインスタントで粗悪な音楽が生み出されたり、変なイベントが乱立されたりすることもあるわけだから。 ーーテクノロジーはあくまで手段、という考え方ですね。 デリック:そう思うよ。根幹を見失うと、途端につまらなくなるからね。テクノに限らず、ジャズやファンクにも言える話だよな。素晴らしい音楽こそが至高だ。そういう意味では、『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』のサウンドトラックには当時から大きな信念があったと感じるよ。
Yuki Kawasaki