豪快TKO勝利の“激闘王“八重樫が引退を賭けて狙うは「記憶に残る4階級制覇」
世界戦を13度も経験。14年のキャリアを数える八重樫は世界戦の交渉が難しいことは重々承知している。 「試合がなかなか決まらなかったが、練習にモチベーションは見いだせていた」 だが、シーサケットを想定して、約1年ほどサウスポーばかりとスパーリングをしてきた八重樫は、今回、急に対戦相手が右に変わったことで、距離感などがつかめなくなって調子を崩したという。 しかも負けたら終わりのリングである。 最後の世界前哨戦をTKOでクリアして格別の思いがよぎる。 八重樫の現在地を大橋会長は、こう評価した。 「いいときの八重樫に戻っている。膝のバネも戻った」 相打ちでもらった左と、不用意に浴びた右が気になったが、松本好二トレーナーは「練習では外して打つことを徹底しているけれど、試合になると本能でいっちゃう。それが八重樫。元々目で外せるタイプじゃないからね。でも距離とブロックは意識させていきたい。下から上のコンビネーションはさすがだった」と言う。 八重樫のターゲットはシーサケット対エストラーダの勝者だけではない。「もう一人いる」と大橋会長が、ほのめかす本命は、元3階級王者の井岡一翔(30、Reason大貴)だ。井岡は、この6月にWBO世界スーパーフライ級1位のアストン・パリクテ(28、フィリピン)と同級の王座決定戦を行う予定で、その試合の新王者、もちろん井岡が勝つであろうと想定して7年越しのリベンジマッチを目論む。 八重樫はWBA世界ミニマム級王者時代の2012年6月にWBC世界ミニマム級王者だった井岡と統一戦を戦い目を大きく腫らして判定負けしている。2人共に階級を3つ上げて、再度、拳をまみえるのも、どこか運命的でもある。“井岡待ち”だと、結果的に日本人初の4階級制覇王者の称号は井岡に持っていかれることになるが、八重樫が、こだわるのは、そこではない。 「僕は記録の人間ではない。記憶の人間。いい試合を戦えることがボクサーにとって幸せなこと。14年やってきた。最後の花道は盛大に作ってもらえると思う。会長とやってきたので今の自分がある。最後までつきあってもらいたい」 ジムの看板、WBA世界バンタム級王者、井上尚弥は、どこまでも上へ上へと向かっているが、大橋会長はジムを支えてきた八重樫には特別な感情を持っている。意地でも世界戦は実現させ、その4階級制覇を懸けた試合が、ボクサー八重樫の集大成となるのだろう。 「会長がきっと試合を組んでくれると思っているので、そう信じて1日、1日を過ごすしかないしボクサー生活が続くのは幸せなことだと思う。みんなに喜んでもらうのは今しかない。集大成? いつ集大成となってもおかしくない。向かうところはひとつ。いつも終わりに向かっている。そこにいって振り返ったとき、良かったなあと思える試合が待っている。そこに向かって歩けるのは今しかない。今を生きたい」 八重樫は、控室の会見で「今を生きたい」という言葉を2度繰り返した。それが激闘王と呼ばれた男が、近づく引退の日を前に辿り着いた人生観である。 この日、後楽園ホールは、1976人ものファンで埋まった。 リング上でインタビューを受けている八重樫に観客席から威勢のいい檄が飛んだ。 「4階級制覇や!」 魂を剥き出しにして殴り合うファイトスタイルをファンに支持されてきた男は、その声にくちゃくちゃの笑顔で答えた。 「やれればいいですね。目標に掲げている以上。必ず」 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)