「為替介入観測」後でも円安トレンドが継続するワケ
政府・日銀による「為替介入」観測の有無にかかわらず、当面、円安トレンドは続きそうだ。三井住友銀行チーフ・為替ストラテジストの鈴木浩史さんの分析です。【毎日新聞経済プレミア】 「為替介入は、中長期的に見ると、為替相場のトレンドを変えるものではない」というのが、金融市場でのいわば常識である。筆者もその考えに同意する。その意味で、為替介入観測があった後でも円安トレンドが継続する、というのは、何らおかしな話ではない。 一方、円安トレンドが継続するだけの、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は現在どのような状況にあるだろうか。 なお、はじめに断っておくが、2024年4月29日、5月2日に為替介入があったかどうかについて、当の財務省がノーコメントとしており、筆者も本稿執筆時点(5月7日)でそれ以上の情報を持っていない。 ◇米国だけが高金利を維持する世界へ 4月10日に発表された米国消費者物価指数(CPI)、4月11日に開催された欧州中央銀行(ECB)理事会という二つのイベントは、目先の為替相場にとって一つの転換点だったとみられる。 発表された3月の米国CPIは上振れした。米連邦準備制度理事会(FRB)が注目している、住宅とエネルギーを除いたサービス価格(「スーパーコア」とも呼ばれる)が2月の前年比4.3%から3月には同4.8%へ加速した。 インフレが沈静化するどころか加速してしまった事実に直面し、多くの市場参加者はFRBの主張する利下げが現実味を失いつつあると痛感した。「FRBが金利を下げたいなら、それはどうぞ。ただし年1%近い利下げペースは無理だ」というのが、多くの市場参加者が感じたところであろう。 4月16日に、パウエルFRB議長は現在の高水準の政策金利を「必要なだけ長期間」据え置くとし、6月の利下げの可能性を事実上放棄するに至った。市場参加者の間で、米国の高金利維持が視野に入った。 その翌日に開催されたECBは、発表された声明文で、次回6月の理事会の利下げを示唆した。つまり、6月利下げを放棄した米国とは対照的に、ユーロ圏は6月利下げへと向かうと表明したわけだ。問題となったのは、理事会後の記者会見である。記者からの質問が米国経済や米国金融政策との関係、そして乖離(かいり)に集まったことにより、ラガルドECB総裁の辟易(へきえき)した様子が画面越しに伝わることとなる。 ◇ECBの政策決定は米国次第ではないが… 「我々(の政策決定)はデータ次第であり、FRB次第ではない」。最初の質問から立て続けに米国との関係について問われたラガルドECB総裁は、直接的な表現によって、米国の金融政策とユーロ圏の金融政策が別物であると繰り返すこととなった。これは、FRBが金利を据え置く一方、ECBが利下げをするという乖離が生じることを意味する。 米国は米国の事情で、欧州は欧州の事情で、それぞれ動く。この原則論は、翻って為替で表現されることになる。欧州が米国に追随せず、粛々と四半期ごとに利下げしていくならば、米欧でのコントラストは鮮明となる。 ドル・円・ユーロのG3通貨に視野を広げれば、また違った景色が見えてくる。為替市場の参加者が見た近未来のG3の政策金利は「米国:5%、欧州:2%、日本:1%」という世界線だ。米国のみ高金利を維持せざるを得ない経済で、為替市場はドル独歩高に直面することになろう。 ◇日銀の政策決定は為替次第ではないが… 対円でドルが155円で迎えた4月25~26日の日銀金融政策決定会合後の植田和男・日銀総裁の記者会見で、記者からの「今回政策変更を行わなかったということは、現状の為替は大きな影響を及ぼさなかったということか」との質問に対して、植田総裁は「とりあえず基調的な物価上昇率への大きな影響はないと判断したということになるかと思う」としている。 記者からの「今回は(為替の影響は)無視できるということか」との追加の質問に対して、短く「はい」と答えた。日銀の政策決定は為替次第ではない、との姿勢を示すこととなった。 こうしたコメントを受けて、ドル円は上昇。同日のニューヨーク時間に1ドル=158円、週明けには160円へと到達した。為替市場でのドル独歩高に対して、日銀が対応しないならば、それは一段の円安を容認したと市場参加者は理解した。 米労働省が5月3日に発表した米国の雇用統計が市場予想を下回るなどして一時151円台の円高水準となった。 しかし、為替介入の有無について筆者は情報を持ち合わせていないが、冒頭にも記した通り、「為替介入は、中長期的に見ると、為替相場のトレンドを変えるものではない」。ファンダメンタルズがドル独歩高を示す限り、為替介入の有無にかかわらず、円安トレンドが続くと予想される。