「伝説のヤクザ」40年めの逮捕で裏社会に走る衝撃…警察も「そんなに大物なの?」記者に逆質問
長崎県警松浦署は、9月3日、松浦市議だった男性の名誉を棄損したとして、同県諫早市在住の無職、後藤栄治(本名・宮本榮治)容疑者(75)を逮捕した。 後藤容疑者は、松浦市議の男性について、虚偽の内容が書かれた封書を配布した疑い。市議はその後死亡したが、関係者が被害届を提出し、警察が捜査していた。 松浦署が事件を発表した直後から、警察には問い合わせが殺到したという。 「後藤栄治と同姓同名で、年齢が同じ人物が、1985年に四代目山口組の竹中正久組長を射殺して逃走している。事件は時効を迎えたが、同一人物か、という問い合わせでした。 警察からはそのことについて発表していません。ただ、一般的に過去のことについては任意で聞いています。その内容は明らかにできません」(松浦署) 松浦署の担当者はこう答えると、「……その後藤というのは、そんなに大物なんですか」と本誌記者に聞いてきた。署のうろたえぶりが伝わってきた。 後藤容疑者が関わったとされる四代目竹中組長射殺事件は、「山一抗争」と言われる、ヤクザ界を揺るがす大規模な抗争事件に発展していた。 三代目山口組田岡一雄組長の死後、四代目組長をめぐり、山本広組長代行と竹中若頭の派閥が分裂。1984年6月、竹中若頭が四代目に就任したが、それに反発した山本派が「一和会」を結成。一和会の幹部だった後藤容疑者らが行動隊を結成し、1985年1月、竹中組長ら3人の幹部を襲撃、射殺したものだ。 ヤクザに詳しいジャーナリストはこう話す。 「襲撃事件の主犯6人のうち5人が逮捕され、全員無期懲役の判決を受けました。そのうちの1人は獄中で亡くなり、4人は今も服役しています。殺人罪で指名手配されながら、ただ1人逃走を続けていたのが、後藤です。 これまでも『後藤が生きているのでは』という噂は何回か流れていました。後藤を追っていたジャーナリストもいます。でも、まさか本当に生きていたとは驚きました」 都内在住の暴力団関係者も驚きを隠さなかった。 「一報が流れてから、いろいろな組織の重鎮クラスから連絡が来ました。逮捕されたのは後藤で間違いないよな、という問い合わせでしたね。みんな、とっくに殺されていると思っていたからね」 とりあえず後藤容疑者の生存が確認できたことになるが、「新たな問題が生じるかもしれない」と暴力団関係者が続ける。 「現在の六代目山口組の二次団体には、二代目竹中組があります。彼らからすると、自分の親を殺害した人物が突如現れたことになったのです。 娑婆に出てきたとき、後藤容疑者に対し報復するのか、それとも、すでに山口組に謝罪して一和会を解散したので、無視するのかを決めなければいけない。その判断は難しいところでしょう」 これまでのところ、後藤容疑者が39年間どういった潜伏生活を送っていたのか、また誰かの支援を受けていたのかはわかっていない。突如現れた伝説のヒットマンの存在に、ヤクザ界は困惑しているようだ。