拒否する福本清三がようやく快諾も「地獄見るで」 松方弘樹らゆかりの俳優がこぞって支援、映画「太秦ライムライト」主役やりきり涙
【福本清三伝 無心―ある斬られ役の生涯】 「ラストサムライ」に抜擢され、メディアが注目する中、2007年ごろに福本清三に主演映画の話が持ち上がった。チャップリンの名作「ライムライト」をもとに、京都の老いた時代劇俳優に移し替えた「太秦ライムライト」の企画だ。 チャップリン家からは「大野が脚本を書くなら作っても良い」と許諾をいただけた。筆者はテレビ時代劇のラス立ち(ラストのチャンバラ)収録を毎週見学し、多くの時代劇でエキストラを経験、取材を重ねた。殺陣師の清家三彦による殺陣教室を開催し東映剣会とも交流を深める中、草の根で製作の機運が盛り上がっていった。 ところが当の福本が主演を拒否し続けた。「ありがたいことですけど、自分が主役なんて考えたこともなかった。主役といえば、人気があって二枚目で芝居ができて。これが条件。僕が主役って言われたとき、『ええ、待てよ。何にもないやないか』と思ったんです」 福本は出演を依頼する筆者に「わしが主役やなんて、アホなことを言うたらあきまへん」と言い続け、しまいには筆者の顔を見るだけで「アホなことを言うたらあきまへん」と反射的に言うようになった。筆者は5年以上頼み続け、「5万回断られた男」となった。 そんなある日、筆者は福本の自宅近くでウオーキング中の福本にばったり会った。その時、向こうから福本の妻・雅子さんが走ってきて夫に五千円札を渡し、「大野さんとお茶でも飲んで話して来ぃ」とささやいた。奥さんは福本に出演してほしいのだ。近くの喫茶店に入って、福本はポツリと「あんたやから言うけどな。わしも役者として生まれて来たからには、ほんまは主演やりたいんやで。でもわしでええんか? あんた地獄見るで」。忘れられない言葉だ。結局、多くの後押しもあり、福本はようやく首を縦に振った。 ゆかりの俳優はこぞって共演を申し出てくれた。松方弘樹は「俺と親父の近衛十四郎とで合計1000回はフクボンを斬った。ぜひやらせてほしい」と言った。小林稔侍、萬田久子ら普段は主役の俳優が脇で支えてくれた。縁の下の力持ちとして映画界を支えてきた斬られ役は、こうして主演にまで昇り詰めた。 クランクアップの日、筆者が花束を渡すと、「こんな映画誰も見いひん。お蔵入りや」と照れ臭そうに言った。その目には涙が光っていた。